直面する事態
女性恐怖症の話が落ち着いた所で、ジェイドがガイに訊いた。
「ファブレ公爵家の使用人ならキムラスカ人ですね。ルークを捜しに来たのですか?」
「ああ、旦那様から命じられてな。マルクトの領土に消えてったのは分かってたから、俺は陸伝いにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから捜索してたんだ」
「「!」」
ガイの口から出た名前に反応したのは2人。
「ヴァン師匠も捜してくれてるのか!」
「……兄さん」
ルークは見たこともないくらい素直な笑顔で喜んだが、ティアはギュッと手を握って呟く。
「兄さん?兄さんって……」
ティアとの関係を知らないガイが尋ねた時だ。
幾つかの足音と鎧が擦れる音が近付いて来た。
「やれやれ。ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」
ずれてもいない眼鏡を押し上げたジェイドがリスティアータとイオンを下がらせ、どこからともなく槍を出現させると同時に、木々の向こうから神託の盾が3人現れた。
「に…人間…」
「ルーク!下がって!あなたじゃ人は斬れないでしょう!」
「逃がすか!」
怯えたように後退るルークにティアが言ったが、神託の盾が向かって来る方が早かった。
先陣を切って走り出したガイは、自分に向かってきた1人の神託の盾と斬り結ぶ。
ジェイドもまた、もう1人の神託の盾に向かって行く。
ティアが明らかに前衛向きで無い以上、ジェイドも自然と前に出ることになった。
ティアは既に譜歌の詠唱に入っている。
残る1人の神託の盾は、自然とルークが相手をするしかなくなってしまった。
ティアは気に掛けていたようだが、ジェイドは丁度良いと思っていた。
ルークが使えるのか使えないのか、ハッキリさせる良い機会だと。
この先、人間相手に戦わなければならない時は必ずある。
その度に人間相手だからと言われる位なら、戦闘力に数えない方が安全だ。
今出来ないなら、一般人のルークにこの先期待するのは無理だろう。
ジェイドは神託の盾に突き立てた槍を抜き去ると視線を巡らせた。
ガイはまだ戦っているし、ティアも同じ兵に譜歌で攻撃をしようとしている。
ルークは…純粋な実力だけなら勝てるだろう。
そう思ってそちらを見れば、案の定、神託の盾が跪いていた。
後はとどめを刺せば…終わる。
「ルーク、とどめを!」
「……う……」
ジェイドの声に押されるように、キツく目を閉じて剣を振り上げたルークには、迷いが如実に表れていた。
剣を振り下ろすまでの僅かな、しかし見逃されない致命的な躊躇い。
意を決して剣を振り下ろしたその時、剣はルークの手を離れ、宙をクルクルと舞っていて、ルークは呆然と自分の両手を見た。
「ボーッとすんな、ルーク!」
対していた神託の盾を倒したガイが怒鳴る声を、ルークはどこか遠くに聞いていて、神託の盾が剣を振り上げても身動きひとつ出来なかった。
ガイが「間に合わない」と思った時、ルークと神託の盾の間にティアが割り込んで、強くルークを押し退けた。
直後、兵士の剣はティアの背に振り下ろされ、漸く辿り着いたガイが、神託の盾にとどめを刺す。
ドサッと倒れたティアの姿が殴ってしまったリスティアータと重なって、ルークはガタガタと体が震えだした。
ティアの背中からは、血が……
「……ティア……お、俺……」
「……ばか……」
微かに残った意識の中で小さく呟いたのを最後に、ティアの体から力が抜けた。
風に乗って伝わる血の匂いに、リスティアータはグッと喉を詰まらせた。
その匂いに感じるのは、【死】。
奪われた両親の、【死】だった。
2度目に間近で感じた【死】は、預言で幾度か視た死とは雲泥の差だった。
「イオン様」
「は、はい」
「私をティアの所へ、早く」
「わ、分かりました」
その真剣な様子にイオンはすぐに頷き、リスティアータの手を引いてティアの元へと向かう。
リスティアータは傍に寄るや否や、椅子から降りてティアの体に触れた。
ヌルリ、とした血の感触に怯えたように手を引いたのは一瞬で、リスティアータは深呼吸をして静かに集中する。
------…大丈夫。
------…落ち着いて。
------…合わせて歌えばいい
------…【彼女】の歌を、声を、想いを
------…ただ、繰り返せば…
彼女の様子に、ジェイドは目を細めた。
「------…これは」
そんなジェイドに気付かずに彼女は歌う。
まるで別人のような表情で、声で…
「------…壮麗たる天使の歌声」
----…リュオ レィ クロア リュオ ズェ レィ ヴァ ,ズェ レィ…----
執筆 20081018
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