Metempsychosis
in Tales of the Abyss

004

 教育係がやって来た。簡単な会話程度であれば、世話人達との会話で覚えていたのだが、誰かの命令を受けてやって来たそうだ。…まぁ、知識を得られる機会を断る理由は無いのだし、構わないのだけれど。と、内心で呟いたフィエラの反応は、幼子らしからぬ淡白さだったと後に教育係は報告をするのだが、それはフィエラの知り得ぬ話である。

 まず勉強したのは、生まれた世界、惑星オールドラントの共通言語だった。フォニック語という、日本語とは似ても似つかないそれに、生前は英語のアルファベットでさえ馴染みが無かったフィエラは日本語の知識が邪魔をして、まさにちんぷんかんぷんな状態である。姿が幼子なので、多少覚えが悪くても怒られないのが救いと言えるのかもしれないけれど。しかも語学の勉強はそれだけに留まらず、古代イスパニア語という特殊な言語まで詰め込まれた。

 それを何とか修めて続くのは、とんでもなく長い一年の暦。次は音素のお勉強。次は惑星の造り。次は国。次。次。次…。合間に算術等の勉強も織り込まれつつ、それら全てを苦労なく使えるまでにはオールドラントで二年の月日が流れていた。

 そんなある日、教育係がにこやかに言った。

「今日は預言(スコア)のお勉強です」
「…すこあ?」

 それは度々聞いた単語ではあった。世話人との会話で度々出てきた。しかし、それについて尋ねたことは無かった為、フィエラはきょとりと瞬いた。

 教育係が説明するに、預言(スコア)とは、星の誕生から消滅までの記憶を有する第七音素(セブンスフォニム)を利用し、未来に起こるであろう様々な出来事を見通したもの。中でも始祖ユリア・ジュエという女性が未来を詠んだ惑星預言(プラネットスコア)には惑星オールドラントの繁栄が詠まれていて、とても尊い預言なのだという。

 熱弁を振るった教育係の話を聞いたフィエラの感想は、

「よく当たる占いとは違うのかしら?」

…だった。

 そんなフィエラの感想を聞いた教育係は、しばらくの間ポカンとしたあと、預言の、牽いてはユリアの預言の素晴らしさをさらに熱く語りだす。その血走っているようにも見える目は、この教育係がいかに預言を崇拝しているかを物語っていた。この後、あまりに教育係が熱くなり過ぎた為に、その日のお勉強はお終いになる程に熱かった。

 教わってからフィエラが改めてこの狭い世界を見てみれば、預言というのは随分と根深く浸透しているようだった。世話人の朝の第一声が天気予報の預言で始まり、会話の随所に預言では何とかだったなどの言葉が必ずと言っていい程入っていた。あれも預言、これも預言。日常な小さな物事に余す所なく預言が必ずある。便利…では、あるのだろうけれども。そう思って、ふと、気になることがあった。気になったら知りたくなったので、翌日やって来た教育係に訊いてみた。

「預言は外れないのでしょう?」
「はい。その通りです、リスティアータ様」

 こてんと小首を傾げて、

「預言は総ての未来を知っているのでしょう?」
「はい」

 無邪気に、

「なら、あなたは自分の死を知っているのね?」

 瞬間、にこにことフィエラの問い掛けに応じていた教育係の顔から血の気が引いた。目を見開き、まるで恐ろしいモノを見るかのような目を向けられたが、フィエラは更に訊く。にこにこと、純粋にしか見えない笑顔で。

「あなたは、いつ、どこで、どうやって死ぬの?」

 教育係はフィエラの問い掛けを最後まで聞かぬまま、転がり出るように部屋を飛び出していった。

「……ざんねん」

 意地の悪い訊き方をしたと自覚はある。でも、どうしても知りたかった。しかしあの様子では、教育係は何も知らないのかも知れないけれど。

 教育係は戻らないまま時間が過ぎ、気付けば夕方になっていた。読書をしつつ一応待っていると、室内にノック音が響いて顔を上げる。すると、一人の男が入ってきて恭しく頭を下げた。

「お寛ぎのところ失礼致します。私はローレライ教団の導師、エベノスと申します」

 エベノスと名乗った男には、見覚えがあった。広間の中心にいた、あの男だ。勧めてもいないのに対面に座るエベノスを見ながら、フィエラは目を細める。

「…………」
「教育係に『自分の死を知っているか』とお訊ねになったそうですね」

 無言で頷くと、エベノスはこれ見よがしに重い溜息を吐いて言った。

「ローレライ教団では、死に関係する預言は教団の最高機密、秘預言(クローズドスコア)とされ、教団でも上層部の職にある一部の者のみが知っているのです。他の者が知ることはありません」
「どうして?」

 間髪入れず問う。エベノスは僅かに目を見張り、しばらく考え込むように黙ると、再び口を開いた。

「…死を前にして人は平静ではいられぬものです」

 ────…当然だろうと思う。

「しかし、それでは困るのですよ。オールドラントが惑星預言に詠まれた未曾有の大繁栄に至る為には、人々には預言の通りに生き、そして、死ぬと詠まれた者には、死んでもらわねば」

 頭が、真っ白になるとは、この事か。フィエラには、その言葉の意味が、分からなかった。この男は、自分が、自分達が何を言っているのか、本当に分かっているの?そんなフィエラの沈黙をどう受け取ったのか、

「リスティアータ様。貴女様は預言に『預言を宿す者』と詠まれた方なのです。秘められた力が発現すれば、貴女様は総ての預言を詠むことが出来るかも知れません。力の発現がいつ、どのような力かも解りませんが、決して、秘預言だけは詠まれませんように」

 エベノスはそれだけ言うと、部屋を出て行った。フィエラは暫く、何も考えることが出来ず、固まったように座ったままでいた。ようやく思考が動き出して、ゆっくりと、ひとつ瞬きをすると、大粒の涙がポロリと零れ落ちる。

 やっと、分かった。
 自分が今まで視ていた白昼夢は、預言だ。
 そしてあの日、両親が殺されたのは、あの日に死ぬと詠まれていたのだろう。
 だから男達は、躊躇無く両親を殺した。
 預言に詠まれていなければ、両親が殺されることは無かったのだ、と。

 エベノスは言った。
 預言を外しては大いなる繁栄が得られなくなると。

 それでは、まるで、

 ──────…ああ、そうか

 預言に、

 ─────…両親は、預言に

 支配されているかのようではないか。

 ─────…預言に、殺されたのか。


 その日を境に、フィエラは両の目を閉ざした。

   もう何も、視たくなかった。



再執筆 20080717
加筆修正 20160409
加筆修正 20231105

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