考えるという事
リスティアータの突然の変化には、誰もが気付いた。
隣にいたイオン、アニス、対面に座っていたティア、隅に控えていた兵士は勿論、深く頭を下げていて見えない筈のジェイドまで、皆が。
それ程までに、彼女の纏う空気は一瞬で冷えたのだ。
殆どの者達は、あまりの変貌とも言える変化に青褪めている。
気付かないのは、【自分に跪いて頭を下げる無様なジェイド】を見れて愉悦に浸っているルークだけ。
「生憎と、この程度の事に腹を立てるような安っぽいプライドは、持ち合わせていないものですから」
それに気づきながらもジェイドはサラリと言葉を返す。
その全然掠り傷一つ負ってないと言わんばかりの声に、喜色を浮かべていたルークは途端につまらなそうに舌打ちをした。
「……ちっ、わかったよ。伯父上に取りなせばいいんだな」
「ありがとうございます」
了承を得た途端、立ち上がったジェイドはにこやかに微笑み、実に誠実に聞こえる口調で感謝を口にする。
「私は仕事があるので失礼しますが、ルーク様は御自由に」
「呼び捨てでいいよ。キモイな」
「わかりました。ルーク『様』」
表面上、至って丁寧かつ慇懃な態度を崩さずに微笑み続けるジェイドに様付けされて、ルークは不気味そうに身を引く。
そんなルークに『様』を強調して返事をしたジェイドは、部屋にいた兵士と共に部屋を出て行った。
「少し、外の空気を吸ってきますね」
イオンもまた、引きつった微笑みを浮かべて出て行った。
「ふぁ〜ぁ、やっと終わったぜ」
心底だるそうに欠伸を漏らしたルークは、未だ青褪めているティアとアニスに気づいてはいない。
「ルーク、ちょっといいかしら?」
「あ?」
話しかけられてそちらを向けば、いつも通りに微笑んでいるリスティアータがいた。
「何だよ?」
「…ルークは、先程の事をどう考えているの?」
「はぁ?」
にこやかに尋ねられたが、先程の事がどの事なのか、ルークには分からなかった。
「色々な話をしたでしょう?戦争の事、教団の事、和平の事…それを、あなたはどう考えているの?」
「んなの分かんねぇし」
噛み砕いて聞き直したリスティアータの問いに、考える事なくルークは返す。
端的な返事に、リスティアータは先を促すように首を傾げた。
「戦争だ何だって言われたって分からねぇし、教団に興味ねぇし、家まで連れてってくれんなら和平もどーでもいい…っ!?」
面倒そうに視線を彷徨かせていたルークは、視線を戻した時に息を呑んだ。
初めて見る、微笑んでいないリスティアータがそこにいた。
「ルーク」
「な、んだよ」
「【知らない】のは悪い事でも、格好悪い事でも、恥ずかしい事でもないわ」
名前を呼ばれて思わず肩を跳ねさせたルークが辛うじて返事をすると、リスティアータは真摯に言った。
「でもね、【知ろうとしない】のは、【考えない】のは違う。【知ろうとしない】のは、総て自分の責任なの」
静かな口調なのに、そこに込められた感情は酷く強い。
ルークは返事も出来ずに聞いている。
「あなたは【知っている】自分の優位だけを見て、ジェイドに跪くように言ったのでしょう?」
「…っ」
「では、他の事は?世界の、今日まで共に過ごした人達の命が掛かった大切な話をしているのに、あなたの下らない欲求を口にしていい時だった?自分の君主でもないあなたに跪くジェイドの気持ちは?それを見せられた彼の部下の気持ちは?」
「それはっ!」
「ルーク、あなたはそれらを【知らなかった】?それとも【考えなかった】?」
「そ、れは…」
ルークは気まずくなってリスティアータから顔を逸らした。
答えは…【考えなかった】から。
【考えよう】なんて考えは、微塵も浮かんでいなかったから。
ただ、自分を馬鹿にした態度ばかりするジェイドを跪かせて、嘲笑ってやりたかった。
それでジェイドが悔しがれば、それで。
あとはどんな話だろうと了承して、キムラスカまで行き、伯父に「戦争反対」と言えば終わり。
それだけだと。
他の事なんて、自分には関係ないからと、【考えていなかった】。
「ルーク」
「………」
「【知らない】なら【知ろう】としなさい。【知ろうとしない】ままのあなたは、すぐに誰も必要としなくなるわ」
「!」
何故だろう。
ルークはその言葉に酷く苛立ち、きつく拳を握りしめた。
「……っ…せ、ぇ」
「【自分で考えない】あなたなんて、ただの人形と同じ、ただの使い捨てと、同じなのよ」
「…っ」
ハッキリとぶつけられた言葉に、ルークは抑えきれない怒りで目の前が紅く染まった。
そして、荒れ狂う激情のままに腕を振り上げ、
「…っうるせぇ!!」
リスティアータに向かって、振り下ろした。
再執筆 20081011
あとがき
ルーク好きさん、ゴメンナサイ;
でもねでもね、絶対にルークは力加減なんて考えたこともないだろうな、とか思うのですよ。
うん…だからです。
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