Metempsychosis
in Tales of the Abyss

003

 長いこと…声が枯れ果てても泣き叫び続けたフィエラは、赤子の体力の限界を越えた途端に意識を失った。世話人が心から安堵したか、別の不安に苛まれたかはともかく。その強制的な眠りの中でさえ、フィエラに安らぎはなかった。
 優しく温かな両親の笑顔が血に染まり、その温かな体が冷え固まる無惨な最期を夢に見てはひどく魘されて目を覚ます。それを何度も何度も繰り返し、幾日とも知れぬ時間が経過した頃には、フィエラの目の下に赤子らしくない隈が出来上がり、与えられる食事を心身ともに受け付けないが為に頬はすっかりこけていた。だが、フィエラが眠れない理由はそれだけではなかった。目を覚ましている間、不可思議な白昼夢が事ある毎にフィエラに襲いかかるのだ。

 ある時は世話人を見て、階段で転んで足を怪我する白昼夢を視た。数日後、世話人は全く同じ怪我をしていた。

 ある時は窓の外を見て、窓に鳥がぶつかり落ちる白昼夢を視た。一時間もしないうちに鳥が窓にぶつかった。世話人達の話では死んでしまったようだった。

 ある時は窓の外の木を見て、リスが巣作りしている様子を白昼夢で視た。季節が変わった頃、世話役が「そこの木にリスが巣を作ったんですよ」とわざわざ抱きかかえ見せてくれた。

 ある時は、音譜のように空に浮かんでいる不思議な物体をぼんやりと見ていて、淀んだ闇色の霧が立ち籠め、人々が、建物が、都市が、大地が、汚泥に沈みゆく様を視た。汚泥に沈む人々の様子は地獄絵図に他ならず、迫りくる汚泥には絶望以外の何を思えるだろうか。世界が滅びるに違いないと、眠ることすら出来ずに死の恐怖に怯える日々を過ごした。…ただ、この白昼夢については度々視た結果、慣れと飽きと疲れによって恐怖より苛立ちが勝ってきている。


「ぇうっ」

 この日、何度目かの白昼夢。しかも、よりにもよって地獄絵図の夢。

 つらい、こわい、かなしい、こえが、ひめいが、あたまりに、ひびいて、

 確実に溜まり続けた苛立ちは、

「う"やぁ"!」

 とうとう爆発した。


 限界を越えたフィエラは考えた。当然まともな思考ではない。しかし、その結論は、

 …思った時に視られないから疲れるのだから、視たい時に視られるようになればいいのだわ。そうそう、そうしましょう。もっと早くやればよかったわね。ふふ、ふ、ふふふふふ。

 という、妙に真理を突いたもので…。大きな声を上げたかと思えば突然くふくふと嗤い始めた赤子を、世話人は大層不気味に思ったことだろう。そんな事はお構いなしに、やりましょうそうしましょうと心の中で呟いて、フィエラはすぐに「修行」を開始した。とはいえ先達などいない。独学で「修行」の効率的な方法など早々に思いつく訳もない。結果、フィエラは毎日あらゆるものを視るという手段を選んだ。力業、つまりはゴリ押しである。

 当然コツを掴むまでには、かなりの期間を要した。コツを掴んで以降の進歩は著しかったものの、白昼夢をかなり制御出来るようになった頃には、フィエラが連れ去られた日から数年が経っていた。

 そして、ふと気づくのだ。あらゆる苛立ちを修行にぶつけていたフィエラの嵐のように吹き荒んでいた心が落ち着き始めている事に。

 忘れてなどいない。
 両親の凄惨な最期を。
 それを望んだ者達への憎しみを。

 死んでしまいたいと思っていた。
 あの日から、ずっと。
 ここの者達は許さないだろうけれど。
 自分の意志で自分の命の行方を選べるのは…もっと成長しないと叶わないのだろう。

 生きたくないと思っていた。
 今までも、今も、そう。
 でも、
 ならば、
 なぜ、
 私は、
 こんなにも、
 必死になって、
 時間を費やして、
 頑張っているのだろう?

「………ふっ」

 嗤ってしまう。死にたい、生きたくないと思いながら、結局こうして生きている。簡単ではなくとも、方法はあるのに。実行したことは無く。

「ふふ…ふふふ……ふ、」

 フィエラは一頻り自嘲して、ふっと嘆息する。

「私は…生きたいのかしら…」

 ぽつりと呟いて、いや、と内心で否定する。

 憎しみは消えない。
 世界への愛着も無い。
 死を選ぶ事への恐怖も無い。
 生への執着も薄い…と、思っていた。

 ただ、この命を、
 両親の守ったこの命を、
 自ら絶つ事に、抵抗は、ある。
 哀しませると…、思ってしまう。
 だから、

「………うん」

 とりあえず、生きてみようか。そう、曖昧ながらも踏ん切りをつける。そう思うと不思議と肩から力が抜けた。


 そうと決まれば、知らなければならない事は多い。フィエラは今更ながら全く解っていなかった自分の状況を整理して理解する事から始める。とはいえ、幼いフィエラの活動可能範囲は非常に狭く、分かる事もまた少ないのだけれど。

一、世話役は常に10人控えている事。
一、世話役達はフィエラを「リスティアータ様」と様付けで呼ぶ事。
一、毎日を過ごしている部屋、というよりは離れのようにも感じる此処の家具が、どれも豪奢で高級な物に見える事。
一、食事が三食豪華仕様な事。
一、欲しいと願えば大概の物は与えられる事。(試しにかなりのわがままを言っても叶えられた)
一、それなりに偉いのか、特異な存在価値を持っているのだろうと予想出来る事。

そして、何より…──────────

「おそとにでたいのだけれど…」
「…申し訳御座いません」

──…フィエラは所謂…──

「この建物から出る事は禁じられております」

───────…軟禁されているらしい、という事。



再執筆 20080717
加筆修正 20160407
加筆修正 20231105

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