罪への罰
リスティアータの遅ればせながらの自己紹介を終えた一同は、チーグルの住処に向かった。
そして1時間余り歩いた頃、ライガ達が住み着いた木の倍以上は有ろうかという大樹が、半ば川に囲まれる形で聳え立っていた。
既に一度来ているルーク達は、迷う事もなく大樹の根元の人1人が楽に通れる大きさの穴に入っていく。
当然リスティアータも後に続いて椅子を進ませた。
ーーーーー…ガッ「あら?」
不吉な音と衝撃と共にガクンと止まってしまった椅子に、リスティアータは首を傾げる。
「壊れてしまったのかしら…?」
「壊れてはいませんよ。ただ、椅子が穴に対して大き過ぎて、見事に嵌ってますが」
「あら、ジェイド。そうなんですか?困ったわ…」
「おい、何やってんだよ。さっさと来いっての!って…何やってんだよ?」
正直大して困っているようには見えない様子で言ったリスティアータの背後でジェイドが溜息を吐くと、ルークが呆れた顔でやって来た。
いつまで経っても入ってこない2人の様子を見にきたらしい。
「あらルーク。椅子が嵌ってしまったんですって」
まるで他人事のように説明してくれたリスティアータに、ルークは内心で見れば解ると思った。
と、
「あら?」
それまで見事に嵌って動かなかった椅子が突然後ろに向かった。
内心では結構驚きながらも、状況を理解してリスティアータは背後を振り返って微笑んだ。
「ありがとうございます、ジェイド」
「どう致しまして。椅子が退かなければ私も入れませんからねぇ」
ジェイドはわざとらしくやれやれと肩を竦めると、リスティアータに手を差し出す。
無言の動作ではあったが、ライガの住処と同様に手を引いてくれるのだと察し、リスティアータも手を差し出すと、手袋に包まれたジェイドの手に導かれて椅子を降りた。
住処に入ると、ミュウが長老なのだろう、老いたチーグルに報告をしていた。
とはいえ、リスティアータに限らず、誰にもひたすらみゅうとみゅうの鳴き声の応酬にしか聴こえないのだが。
「こうして魔物達の会話を聞いているのも、面白い絵面ですね」
若干の含み笑いをしつつ言ったジェイドの視線の先には、いつぞやのリスティアータのように頬を赤らめてチーグル達を見つめるティアがいた。
「…かわいいv」
「は?今なんつった?」
「…な、何でもないわ」
思わず零した声が耳を掠めたルークが訝しげに訊けば、ティアは慌てた様子を誤魔化すように立ち上がり、赤らんだ顔を背けた。
しかし、ルークと同様に声が耳を掠めた面々にはすぐに解った。
彼女はそのクールな容姿からは想像出来ないくらいに、可愛いものが好きなのだと。
と、報告を聞き終えたらしいチーグル族の長老がこちらを仰ぎ見た。
「話はミュウから聞いた。随分と危険な目に遭われたようだな。二千年を経て尚約束を果たしてくれた事、感謝している」
「チーグルに助力する事はユリアの遺言ですから、当然です」
「しかし元はと言えば、ミュウがライガの住処を燃やしてしまった事が原因」
イオンの返事にひとつ頷いた長老は、その見た目に反する厳しい雰囲気を纏って言う。
「そこでミュウには償いをしてもらう」
「どうするつもりですか?」
「ミュウを我が一族から追放する」
「それはあんまりです」
「…そうですか?」
それを聞いて即座に反応したイオンに、言葉にせずとも同感なのだろうティアは、リスティアータの言葉に心底驚いた。
優しい彼女なら、きっと自分達に賛同してくれると、確信めいた考えを持っていたから。
その彼女は、心底不思議と言いた気に小首を傾げている。
「ですが、追放なんていくらなんでも!」
「随分と、温情ある処罰だと思うのだけれど」
「え?」
「彼の過ちでライガ達は同族を失い住処を追われた。その報復によって亡くしたチーグル族もたくさんいるのでしょう?燃えた森が再び育つには、何十年も掛かる。これが人間同士の事だったら、彼は今頃生きていなくてもおかしくないと思うわ」
相手は魔物だからと、問題だったライガは此処から去って解決したからと、ただそれだけで彼等の問題にそう易々と口出ししてはいけないと言われたようだった。
淡々と、ただただ淡々と事実を述べたリスティアータに、ティアとイオンは僅かに青ざめて固まった。
そして誰もが、ジェイドまでもが、リスティアータに対する認識を改めた。
彼女はただ優しいだけの、柔らかいだけの女性ではないのだと。
この中の誰よりも、優しくて、厳しい、そんな人なのだと。
再執筆 20080820
普通ならば赦される罪ではないだろう。
チーグル族で、
子供で、
相手が害ある魔物のライガで、
実際の問題が一旦の解決を迎えたから、
そんな軽い罰で済んだだけ。
でも、忘れてはいないだろうか?
ライガ達が去ったのは、あの子の為。
ただそれだけ。
彼等を、彼を、赦すなどとは一言も言ってはいない。
忘れてはいないだろうか?
この問題が、
何も解決していない事を…。
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