Metempsychosis
in Tales of the Abyss

ライガ・クイーン

ライガ・クイーンとの戦闘を始めてからどれ程の時間が過ぎたのか。
ルークとティアには疲労の色が刻一刻と濃くなっていた。

しかし、幾度となく攻撃を当てているにも拘わらず、ライガ・クイーンがそれを苦にしている様子はない。

「おいっ!どーなってるんだよっ!ちっとも倒れねぇぞ!」

今までの魔物と明らかに違う事への恐怖や焦りに、ルークがティアに怒鳴った。

「まずいわ……こちらの攻撃が殆ど効いていない」
「じょ、冗談じゃねぇぞっ!何とかしろっ!」

ティアが努めて冷静に言ったが、幾ら冷静になろうとしてもライガ・クイーンとの力の差は大きく、必死に考えても打開策が浮かばずにティアも焦っていた。
しかし自分の事で一杯一杯のルークがそれに気付く訳もなく、八つ当たりでティアを責めた。

その時だ。

「何とかして差し上げましょう」

殺伐としたこの場に相応しくない、余裕たっぷりな声が響いたのは。

「誰っ!?」

ティアが即座に誰何と同時に視線を向けると、空洞の入り口から昨日エンゲーブであったマルクト軍人、ジェイドが、1人の女性の手を引きながら現れた。

「詮索は後にして下さい。…リスティアータ様」
「ええ。ありがとう、ジェイド」

ティアが女性がリスティアータと呼ばれた事に目を見開いたのを余所に、ある程度ライガ・クイーンに近付いた辺りでジェイドは足を止め、リスティアータと呼ばれた女性が更に1人でクイーンに歩み寄る。

「な、おい!危ねぇって!」

それを呆然と見ていたルークは、リスティアータが自分より前に出た所で漸く我に返り、慌てて止めた。

「あら、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ」
「は、はぁ!?」

ふんわりと微笑みながら応えたリスティアータは、ジェイドの声以上に場に相応しくなかった。

リスティアータは更に2歩程進んだ所で足を止めると、真っ直ぐにライガ・クイーンを見上げる。
乱入者にクイーンがグルグルと威嚇の唸り声を上げ、今にも飛びかからんと体勢を低くした、と。

「初めまして、ライガ・クイーン。私はリスティアータと呼ばれています」

リスティアータがぺこりと頭を下げて名乗った途端、溢れ出ていた殺気が霧散した。
それには誰もが目を見張り、ただ呆然とリスティアータを見守る事となった。

「──…グルルル」
「……おい、アイツは何て言ってんだ?」

警戒こそしているものの、戦闘体勢を解いたクイーンが低く鳴いた。
しかし何と言ったのか解る訳がなく、ルークはイオンが抱えているチーグルの子供、ミュウに訊いた。

「みゅ、『あの子達が言っていた人間か』と言ってるですの…」

ミュウの言葉を聞いて、リスティアータはにっこりと微笑んだ。

「はい。あの子達にはいつもお世話になっています」
「グルルル」
「そ、『それはこちらのセリフだ』、と言ってるですの…」

その奇妙な会話を黙って聞いていた者達は、張り詰めていた緊張感が妙に弛んだのを感じた。

しかし、

「今日はお願いがあって参りました」

凛と告げたリスティアータの声にクイーンが双眸を鋭くすると、再び場は緊迫する。

「…グルルル」
「みゅ、お、『お前も我らに此処から去れと言うつもりか』…と、言ってるですの…」
「──…はい」
「グルルル!」

決然と頷いたリスティアータに、クイーンは怒りを露わに牙を剥き出して唸った。
その危険な様子に剣を握り直したルークが駆け出そうとした時、突然引き止められて後ろを向くと、そこにはいつの間にか近くに来ていたジェイドがいた。

「何すんだっ!」

ルークが手を振り払おうとしたが力の差か、振り払えない。

「グルルル!」
「…ぼ、『ボク(チーグル)が森を燃やした所為だから…チーグルが出ていけ』…と、言ってるですの…みゅぅぅ」

一際強く唸ったクイーンの声を訳したミュウは、耳を垂らしてうなだれた。

「確かに、森を燃やしたチーグルは罰されるだけの事をしてしまったでしょう。それについて、私が口を出す事は出来ません。…ですが、貴女方が住まうのは、此処では駄目です」

一身に向かっている殺気に怖じ気づく事なく、リスティアータはただただ真っ直ぐに言う。

「此処は人里に近過ぎます。貴女方が此処に住み着こうとしている事がこうして知れてしまった以上、必ず駆逐されてしまう」

全員が驚いていた。
彼女は人の為ではなく、ライガ達、魔物の為に話をしていると思ったから。
それも間違いではないけれど。

「無責任な事を言っているのは、解っています。これは、私の【我が儘】です。でも…」

リスティアータは閉じていた瞼を上げ、ライガ・クイーンを見た。
クイーン以外の者達は全員がリスティアータの後方にいる為に気づかれる事はない。
リスティアータはただ真っ直ぐにクイーンに、自分の【我が儘】を言う。

「私は、あの子が泣くのを…もう、見たくないんです」


気付けば、ライガ・クイーンの殺気は消え失せていた。

「──…グルルル」
「みゅっ!?」

長い長い沈黙の末、今までになく優しく鳴いたクイーンに、ミュウが驚きの声を上げる。

「わ、わかった…と、言ってるですの…」

それを聞いて、全員が何度目かの驚きを露わにし、リスティアータが泣き笑いの表情を浮かべた。


「ありがとう、ございます…」



再執筆 20080907

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