朝寝坊
翌朝フィエラは1人、あるドアの前に少し困った顔で佇んでいた。
ノックをしても反応は無く、部屋の主たるイオンは居ないようだ。
恐らく、と言うか確実に、チーグルの森に向かってしまったのだろう。
とは言え、イオンがチーグルの件についてかなり気にしていたのは分かっていたし、フィエラも丁度【用事】があったので一緒に行こうと思っていたのだが、予定より遅く起きてしまったら既にイオンは居なかった。
要するに、寝坊したのだが。
(昨日、ちょっとはしゃぎすぎたかしら…)
どうしようかと悩んでいると、隣のドアが開かれた。
「はぇ?リスティアータ様?」
朝が早い為か、まだ少し眠そうな表情でアニスが首を傾げた。
「あら、おはよう、アニス」
「おはようございまーす。どうしかんですか?イオン様の部屋の前で」
「…少し…お話があったのだけれど…」
「?、……!、ま、まさか……!」
何と言ったものかと困ったように笑ったリスティアータに、キョトンと瞬きをしたアニスは、ふと察知したイヤな予感に表情を強ばらせた。
そして表情はそのままにノックもせずにイオンの部屋のドアを開けて、うなだれた。
「………………」
「……居ないわねぇ」
どことなく哀愁感が漂うアニスに、リスティアータは何とかフォローをと思って言った。
結果フォローどころか追い討ちを掛けてしまったが。
と、うなだれていたアニスがふるふると肩を震わせ始めたと思えば、ガバッと顔を上げた。
「……んもぉぉぉお!」
「どうしたんです?アニス。通路に雄叫びが響きわたってますよ〜?」
昨日の比ではない程に頬を膨らましたアニスが叫ぶと、ジェイドが気配も無く現れた。
「あら、おはようございます、ジェイド」
「おはようございます。それで、どうしたんです?」
「イオン様がお出掛けなさったみたいなんです」
見計らったようなタイミングで現れたジェイドに内心驚きながらリスティアータが説明すると、アニスがジェイドの腰にガバッとしがみついた。
「大佐ぁ!イオン様が居ないんです〜!」
「おや。それは困りましたねぇ」
ジェイドは腰にしがみつかれた事はスルーして、全然困った様子もなく肩を竦めた。
「まぁ、恐らくチーグルの森に向かわれたんでしょう。昨日随分と気にしていたようですから」
「マジですか!?じゃあ急いで追いましょう!」
「リスティアータ様はお部屋でお待ち下さい」
「いいえ、私も行きます」
ジェイドはリスティアータの予想外の反応に一瞬目を見張った。
「ええ!?駄目ですよぅリスティアータ様!危ないですって!」
驚きも露わにブンブン首を振って止めようとするアニスに、リスティアータはにっこり微笑んだ。
「そうね。でも私も【大切なご用】があるの。2人には迷惑をかけてしまうけれど…」
最後は申し訳なさそうに眉を下げて言ったが、リスティアータが言葉を覆すことはない。
「で、でもぉ…」
印象に反する強固な意志を感じ、アニスが何とかしてと言った視線をジェイドに送る。
「…村の中とは違い、魔物も多数います。危険なのはお分かりでしょう?」
「はい」
「私達が必ず護りきれるとは限らないんですよ?」
「はい。でも、ジェイドとアニスなら大丈夫ですよ」
「…そういう問題ではないんですがねぇ」
微妙にズレた返答に嘆息したジェイドは、その紅い双眸を細めると、鋭い視線でリスティアータを見つめる。
その無言のやり取りは、先程の問答より余程雄弁にリスティアータの意志が固い事を伝えてきた。
やがて深々と溜め息を吐いたジェイドは、やれやれと盛大に肩を竦めて見せる。
「…頑固ですねぇ」
「はい、譲れませんから。…ありがとうございます、ジェイド」
呆れの言葉に含まれた了承に嬉しそうに微笑んだリスティアータには、柔らかな雰囲気に隠れていた【強か】さが窺えた。
「では、少し急ぎましょうか」
「はい」
行くと決まったならすぐ行きたいと、落ち着きなくアニスが先を走り出した。
「大佐!リスティアータ様!早く行きましょうよぅ!」
さっきまでぶぅぶぅ膨れて怒っていたが、やはり心配らしい。
早く早くと急かすアニスに椅子を押されながら、リスティアータは自らの手を固く握り締めた。
再執筆 20080907
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