Metempsychosis
in Tales of the Abyss

アップルパイ・下

突然玄関の方から響いた声に誰もが振り向くと、そこには白を基調とした法衣を纏い、少女と見紛う容貌をした少年が立っていて、ジェイドが少し驚いたように彼を呼んだ。

「イオン様」
(あら、まぁ…)

イオンがここに来たのはいいが、その傍に彼を捜しに鉄砲玉の如く飛び出していったアニスがいる様子はない。
きっとイオンが自らローズの家に来たのも知らず、この田畑が広大に広がるエンゲーブの村中を今尚駆けずり回っていることだろう。

リスティアータはそんなアニスを思いながら、更に一口アップルパイを口にした。

「少し気になったので、食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅に、こんなものが落ちていましたよ」
「こいつは…聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」

そう言ってイオンが手にしていた物を見たローズが答えれば、イオンはひとつ頷いて説明した。

それを聞いて黙っていられないのはルークだった。

「ほら見ろ!だから泥棒じゃねぇっつったんだよ!」

ここぞとばかりに村人に文句を言うルーク。
しかしそれも長くは続かなかった。

「でもお金を払わずにリンゴを食べたのは事実よ。その行動を反省するべきだわ」

そうティアに指摘されてしまったからだ。

「仕方ねぇだろ。金払うなんて知らなかったんだから」

ルークとしては、ただティアの指摘に反論する為だけの何気ない言葉だったのだろう。
しかしそれを聞いていたジェイドは、様々な要因と先程と今の発言で、ルークの“身分”をほぼ断定しただろう。

それに、とリスティアータは内心目を細める。

今日に至るまで売買の基本であるお金について知らないと言うことは、それだけ閉鎖された場所で育ち、尚且つ彼の周りの人間達が彼にそんな知識は不要だと意図的に排除した、若しくは教えなくても問題ないと判断をしたと言うことになる。
裏に潜むであろう数多の思惑を思い、リスティアータは静かに眉を顰めた。

まぁ、何はともあれ事態は何とか収拾がついたようだ。

「あんたたち、この坊や達に言うことがあるんじゃないのかい?」

そうローズに促されて、気まずそうにしていた村人達は口々にルークに謝罪する。

「坊や達も、それで許してくれるかい?」
「俺は坊やじゃない」
「ああ、ごめんよ、ルークさん。どうだい。水に流してくれるかねぇ」

拗ねた子供のように言い返したルークにローズは大らかに笑って謝り、ルークの返事を待つ。

「…別にどうでもいいさ」

恐らくルークとしては「どうでもいい」訳ではなかったのだろうが、村人達には既に心からの謝罪はされており、怒りを向ける矛先がなくなっていたからそう言うしか無かったのだろう。

「そいつはよかった。さて、あたしは大佐と大事な話がある。チーグルの事は防衛策を考えてみるから、今日の所はみんな帰っとくれ」

何にせよそれを許しの言葉として受け取ったローズはホッと息を吐くと、ルークとティアを含めた全員に向けて退室を促した。

次々と村人達は出て行き、ティア、そしてルークを最後に漸く扉が閉じられた。

「イオン様」
「はい、何ですか?」

それまで黙っていたリスティアータに呼ばれ、イオンは傍によるとこてんと首を傾げる。

期せずして同じくこてんと小首を傾げたリスティアータは、とりあえず真っ先に訊くべきだろう事を訊いた。

「アニスには会いましたか?」
「え?」
「先程、イオン様を捜しに飛び出していったんです。会ってないみたいですね」
「あ…すいません…」

すっかり失念していたらしいイオンは、それを聞いて申し訳なさそうに眉を下げて謝った。
しかし、

「あら。謝る相手は私ではありませんよ」

とリスティアータにやんわり窘められてしまう。
イオンが素直に頷き、それにリスティアータが満足そうに微笑んだ、丁度その時、バァァアンっと壊れたんじゃないかと思う音を轟かせて扉が開け放たれた。

「あ──!やぁっと見つけましたよ、イオン様!んも〜〜、すっぐにどっか行っちゃうんだからぁ!!」

扉から現れた鬼の形相改めプンプン怒り顔のアニスは、入るなり大声で叫ぶとイオンに詰め寄り、ガミガミと文句を言い始めた。

「あ、すいませんローズさん。アップルパイはまだありますか?とても美味しかったので、もう1つ頂きたいんですけれど」

すぐ横で繰り広げられているアニスの盛大な愚痴を気にする事なく気恥ずかしそうにリスティアータが訊くと、ローズは照れくさそうに笑いながらイオン達の分のお茶とアップルパイも一緒に持って戻ってきた。

リスティアータは笑顔でお礼を言うと、自分のアップルパイをフォークで一口大に切って刺すと、

「アニス」
「何ですかリスティアータ様。今イオン様に」
「はい、あーん」

にこにこと微笑んだリスティアータによって口元に運ばれたものに、アニスは反射的にパクついた。

「…………」
「疲れたでしょう?ローズさんのアップルパイはとても美味しいのよ」
「………頂きますぅ」

のほほんとしたリスティアータの雰囲気に完全に脱力したアニス達は、揃ってアップルパイを食べ始めたのだった。



再執筆 20080902

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