015
何だ、この状況は。
カンタビレは空のティーカップ手に独り言ちる。
「カンタビレさん、お茶のお代わりはいかがですか?」
「あ、ああ…頂き…ます…」
何だ、この状況は。
カンタビレは再び独り言ちる。
しかしそんな内心とは裏腹に、笑顔もにこやかに訊かれて、らしくない敬語で受け答えをしてしまう程度に、カンタビレはちょっぴり混乱していた。
何故自分は【ダアトの至宝・リスティアータ】とお茶しているのか、と。
「どうぞ。お菓子もご遠慮無く召し上がって下さいね」
「は、はぁ…どうも…」
本当に、何なのだろうか、この状況。
そして自分。
………とりあえず、落ち着く為に暖かい紅茶を一口飲む。
………美味い。
ほっと一息吐いて、ついさっきから今に至るまでを思い返してみる。
どちらさまですか?とふんわり訊かれたのでカンタビレだと名乗ったらお顔を触らせて下さいませんか?とかふんわり言われてなんか断ることが出来ずに触らせて触り終わったかと思ったらにこにこと微笑んだリスティアータにお茶に誘われてこれまたなんか断れずに手ずからお茶を淹れて貰って今に至る。以上。
「・・・・・」
カンタビレは遠い目をして紅茶を啜る。
………とりあえず、ふんわりやんわりしたリスティアータの雰囲気になんか断りにくくなって結果的に流されたのが原因らしい。
…滅多に相手のペースに呑まれないと自負していただけに、なんの脅威も無さそうな…言ってしまえば弱っちいこと確実なリスティアータ相手に流されるとは…。
カンタビレは深い深い息を吐いた。
気を取り直してリスティアータをじっくり観察することにした。
彼女に先程の取り乱した様子は無く、目を閉ざしているのに、随分と慣れた手つきでお茶を淹れている。これには素直に感心した。
性格は…まぁ、のんびりしているのは確かだろう。あと、結構な天然様。警戒心は皆無。
あとは…、導師イオンと、似ている気がする。
何と言うか、こう…違和感がある、と言うか…、『どうせ』と思っているような…投げ遣りな、と言うか…、…無関心…に、近い雰囲気が。
ただ、カンタビレが予想していた人柄とは大きく違っていたのも確かだった。
薄々【リスティアータ】が人間らしいと悟っていた手前、もっと預言を宿している事を過剰に意識しまくったような人物を想像していたのだ。
まぁ、言ってしまえば預言狂いの腐れ大詠師のような人物を。
しかし、直に会ったリスティアータにはそんな様子は微塵も無く、むしろ預言に興味すらなさそうな印象だ。
ふと、思い付く。
もちろん、それがリスティアータの地雷となる問いだと理解した上で。
「リスティアータ様」
「はい、何ですか?」
こてりと首を傾げるリスティアータの、
「…先程、何があったんです?」
「 ! 」
微笑みが凍った。
「……え……ぇっ、と………」
ぎこちない笑みのまま、何と答えようか考えている様子のリスティアータを、カンタビレは無言で待つ。
果たして、彼女はどうするのだろうかと。
真実を語る?
言いたくないと突っぱねる?
嘘を吐いて誤魔化す?
逆上して怒り出す?
自己紹介からほんの1時間余りしか経っていないが、彼女は嘘をつかない人だとカンタビレは思っていた。
自分はどのような答えが返ってきても、自分はきっとそれを信じるだろう、とも。
「……この眼は…見たくないものばかり視てしまうので…」
弱々しい声でリスティアータは言った。
彼女が言う『見たくないもの』が預言を指している事はすぐに察する事が出来た。
つまりは視たのだろう。
カンタビレの持つ預言を。
『死』に至る瞬間までの全てを。
それを見たくないものだと、弱々しく語ったリスティアータに、鳥籠が重なる。
彼女は『リスティアータ』だ。
本人が望んでいなくとも、このダアト、この世界の人々にとって、無くては生きていけない者さえいる、預言を宿した者だ。
その呼び名が、その力が、宿した預言が持つ重み、柵(しがらみ)、代償、そして深淵から延びる陰湿な数多の者達の執着を、カンタビレは目の当たりにしたように思う。
同時に納得した。
違和感の正体は、これだ。
見えない鎖で雁字搦めに縛られて、此処でこうして生かされている。
自分の生死さえままならぬ事に、それを平然と強要する世界に、絶望し、唯一自由な筈の【生死】さえ諦めているのだと。
恐らく、きっと。
ヴァン達が彼女に対する態度も、これに起因するのだろう。
「…だから、目を?」
「………はい」
か細い返事をして無理矢理笑ったリスティアータは、今にも消えてしまいそうに儚くて……、
カンタビレは、彼女に掛ける言葉が見つからなかった。
執筆 20081005
加筆修正 20160416
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