Metempsychosis
in Tales of the Abyss

029

タルタロス艦内へと案内され、一応警戒されつつも3人が一室で待つ事2時間余り。
きゃっきゃうふふとはギリギリ言わないまでも、拘束中とは思えない程和やか且つ穏やかに過ごしていた三人と、それを生温く見守っ…監視していた兵士のもとに、ジェイド・カーティスは現れた。

「お待たせしました」

ノックから誰何への答え、入室してからの礼に至るまで。その態度は最初と大差を感じ無いが、明確な敬意の様なものが感じられて、イオンとアニスは吉報を予感して僅かに肩の力を緩めた。

「密偵に確認が取れました。まずはこれまでの非礼をお詫び致します。申し訳ありません」
「いいえ。本来の段取りを忘れていた僕が悪かったんです。謝って頂く必要はありません」
「私も、知らなかったとは言え、余計なお手間を取らせてしまって…ごめんなさいね」

しっかり頭を下げたジェイドに対し、イオンとリスティアータはへにゃりと眉尻を下げる。そして互いに目を合わせ、誰とも無くふっと力を抜いて笑った。

「それでは改めまして…。導師イオンに於かれましては、この度の和平交渉に御助力頂けます事、我が君主に代わって御礼を申し上げます。有難う御座います」
「戦争は僕も望む事ではありません。和平締結に向けて、微力ながら精一杯協力させて頂けますので、宜しくお願いします」

堅苦しい挨拶を終えて、ジェイドはリスティアータへと向き直った。

「リスティアータ様も、不便を強いる事もあるかも知れませんが、御助力の程、宜しくお願い申し上げます」
「御丁寧にありがとうございます。こちらこそ、世間知らず故に御迷惑をお掛けする事もあるでしょうが、宜しくお願い致します。カーティス大佐」

この時、意図せずリスティアータ以外の者達は同じ事を思ったのだが、それを確認する術は無く、にぃっこりとジェイドが笑みを浮かべた事で霧散した。

「はい。ああ、私の事はジェイドと呼んで下さい。ファミリーネームには、あまり馴染みがないものですから」

そう言われて、リスティアータもにっこりとそれを受け入れた。しかし、

「分かりました。ジェイド大佐」
「私に敬称などは不要ですよ?」

たった一言。そのたった一言から感じた違和感に、リスティアータは「あら?」と首を傾げる。
違和感…いや、言外の圧力?の様なものを感じた気がしたのだ。つまりは敬称無しで呼んでくれますよね?…みたいな…。何故かしら?不思議ねぇ。などと思いつつも、リスティアータはもう一度にっこりと頷いた。

「では、ジェイド、と呼ばせて頂きますね」
「はい。イオン様も、是非」
「あ、はい」

アニスが除外されたのは、単純に年齢が下だからという理由だけでは無く、年若いながらも彼女を一人前の軍人として扱ったからなのだろう。アニス自身もそう受け止めたのか、別段不満を言う事もなかった。
イオンの同意も得た所で、ジェイドは監視をしていた兵に目配せすると、それに敬礼で返した兵が部屋を出て行く。

「早速ですが、今後の予定を説明させて頂きます。…手短に済ませますので」

皆さん(特にイオン)、お疲れでしょうから。とまでは言わなかったのは、ジェイドなりの思いやりである。年若い2人に改めて自覚させる、または思い出して余計な疲労を負わせるのは酷だろうと。
3人の了承を得て、ジェイドは簡潔に述べた。

「まずパダミヤ大陸を出て東ルグニカ平野にあるエンゲーブで親書を受け取ります。日程としては、3日海上を移動」
「まぁ」
「…した後、東ルグニカ平野に到達。陸上は半日程と言ったところでしょうか。ここまでで何か質問はありますか?」

途中、何故か嬉しそうにぽむっと手を打ったリスティアータに妙に気を削がれつつ、ジェイドが真面目に聞く。返事は全員が否だった。

「…とりあえず、日程についてはここまでにしましょうか。次に、妨害工作などの緊急時の行動についてです。これについては…アニスー♪」
「はぁい、大佐v」
「しーっかり覚えて下さいねー?」

一度しか言いませんから♪とい〜い笑顔で言ったジェイドに、

「もー!大丈夫ですよぅ!」

アニスはぷぅっと頬を膨らませた。



一通りの話を終えた頃、鉄の扉を叩く音が室内に響いた。入室を許すと、入って来たのは先程の兵士だった。

「準備が整いました」
「分かった。艦長に出発を伝達するように」
「はっ」

簡潔に伝えた兵士が去って暫くすると、駆動音と振動を感じ、イオンはいよいよだと気を引き締め、両手も握り締める。和平交渉を担う大役に、緊張しない訳はない。
イオンがじっと自らの手を見つめていると、

「…ぇ」

ぽんぽん、と頭に柔らかな衝撃を感じて、驚きもそのままに顔を上げれば、

「…リスティアータ様…」

ふわりと微笑むリスティアータが、イオンの頭を優しく撫でていた。その柔らかい微笑みと感覚に、イオンの緊張も和らぐ。気が抜けたのとは違う。大丈夫だと、無条件に信じられる…そんな安心感があった。

「あ、ありがとうございます…」

そんなほわっとした雰囲気を生温かく見守っていたジェイドだったが、発進して暫くしても微笑み合戦が終わらなかった為、敢えて空気を読まない事にした。

「では、皆さんをお部屋にご案内させて頂きます」

にぃっこりと言ったジェイドを不思議に思ったのはアニスだった。

「ほぇ?大佐自らですか?」

先程の兵士も他の兵士も不在である現状で案内すると言うからには、大佐であるジェイド自らと言う事なのだろう。しかし、部屋への案内などという程度の雑務は、彼の部下に任せるのが普通であるのに、何故?
確かにイオンもリスティアータも国賓級の扱いは受けて然るべきだが、それにしても過剰に感じる。
そんな疑問に対し、無言のにぃっこり含み笑いで応えたジェイドに、アニスは早々に追求を諦めた。

のだが、

「………?」

道すがら、不意にアニスは歩みを止める。当たり障りのない会話をしていた最中のその行動に、ジェイドもイオンも歩みを止めた。
ジェイドの後方を進んでいたリスティアータだけは、少し遅れて、ジェイドにぶつかる寸前で止まった椅子に「あら?」と首を傾げる。前方の障害物を検知したのだろう椅子の性能を記憶しつつ、ジェイドはアニスを見ると、目が合った。

「…なんだか…兵の数、少なくないです?大佐」
「おや、アニスはなかなか鋭いですねぇ」

核心を突いた指摘に、ジェイドはやはりにぃっこりと笑った。

「極秘任務と言うこともありますが、今回の任務にはピオニー陛下の指示で、タルタロスの運行とイオン様の護衛に必要な人数の最小限しか乗艦していません」
「は?はぁあ?!な、何でですかぁ?!」

イオンに協力を願っておきながら、護衛を疎かにしていると感じ、驚愕と不満を露わにするアニスだが…

「さぁて、何故でしょうねぇ〜」
「何故でしょうねぇ〜、じゃ、ないですよぅ!」

答える気は更々ないのか、ジェイドは白々しい笑みを浮かべる。しかし、これは見過ごせないとアニスはきゃんきゃんと噛み付く。さながら、魔物に立ち向かう子猫である。まぁまぁと宥めるイオンを見ると、どちらが主なのか分からなくなりそうな光景だ。
それを「あらあら、まぁまぁ」と言いつつ、のほほんと見守るリスティアータは、アニスを止めない。彼女にとって、必要なのだろうから。

「イオン様とリスティアータ様に何かあったらどーするんですか!」

アニスは渾身の一噛みを繰り出した。これでどうだ!!と鼻息荒く拳を握る。しかし…

「有事の際の対処は通達済みです。お二人は、マルクト軍が必ずお護りします。命を懸けて、ね」

大きな声では無かったが、はっきり、きっぱり、目を逸らさず、正直に、嘘偽りなく、胡散臭い微笑みまでも引っ込めて、真摯に返された答えに、それまでの勢いを完全に殺されたアニスは言葉に詰まり、息を呑む。返せる言葉は、幾らでもあった。でも、言えなかった。少なくとも、直接言葉を向けられたアニスには。
と、

「アニス」

柔らかい声だった。
しかし、アニスはビクッと肩を震わせると、ゆっくりと声の方を振り向く。怯えさえ滲んだその表情は一瞬で消え、叱責を覚悟する寸前の様なそれへと擦り変わる。
そんなアニスの視界に、声の主…リスティアータが入ると、彼女は…柔らかく…優しく微笑んでいた。
そして、

「大丈夫よ」
「え…」
「大丈夫。イオン様は大丈夫よ」
「リスティアータ様…」


カツ、カツ、と硬質な音が通路に響く。足音は…2つ。その一方である兵は、対面の人物を見て足を止め、端へ寄って敬礼する。それに歩みを止めないもう一方が無言で頷きを返しての、すれ違い様。

「右舷倉庫です」

低く小さく、通路に響く事も無く、声はただ1人に届いて、消えた。


イオン達の案内を終えたジェイドは、タルタロス内にある自らの個室に戻ると、ふぅ、と小さく溜息を吐いた。とりあえず、一段落、と言いたい所だが、予期しない不確定要素の登場を思い出し、椅子に座り、また1つ溜息を吐く。

「…いや、」

…予期は…していた。ただ、その可能性が限りなく、絶対に近いほど限りなく、低かっただけだ。
しかし、

「…リスティアータは、現れた…」

ジェイドは目を閉じて思考する。その鋭い眼光を隠す様に。
リスティアータ…その身に預言を宿す者…。今に至るまで、リスティアータに不思議な言動はあれど、不審な様子はない。和平にも協力的である。これ以上は、今考えても答えは出ないと知っている。経過観察が必要だと、自分の中で結論も出ている。にも関わらず、その一挙一動についつい目を光らせてしまうのは、あの手紙の差出人であるという先入観なのだろう。あの椅子の譜業…は、気にもならないが。

「やれやれ」

独り言ちた声は思いの外軽く、ジェイドは閉じていた目を開き、瞬いて、自らの変化に気づく。

「………」

今、マルクト帝国とキムラスカ王国の関係は、極めて悪いとジェイドは思っている。小さな諍いから戦争が起きても驚きはしないと言える程に。
…そんな事を悲観でも何でもなく極めて冷静に考える所が、ピオニーに「お前は無神経なんだ」と言われる所以であるのだと自覚もある。
その他称無神経の自分が、薄皮1枚の関係を保つ為の和平交渉に向かう今…国の明暗さえ決まる任務の最中に…肩の力が、抜けた?

「…ふむ」

任された大役に、知らず自分も緊張していたのかと、ジェイドは小さく笑う。

『大丈夫よ』

あの言葉が、あの声が、頭の中で甦る。
不思議な安心感のある声が、何度も、何度も、

『大丈夫』

そう、言うのに。
しかし、その中に、どうして、

『イオン様は大丈夫よ』

どうして、リスティアータは、含まれていないのだろう。



再執筆 20080823
加筆修正 20170607

プラウザバックでお戻り下さい。

Back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -