Metempsychosis
in Tales of the Abyss

027

「どうぞ」

その声は穏やかだった。
誰何もなく入室を許す女性の声に戸惑いながら、イオンは手を強く握り締める。

「…失礼、します」

微かに震えた声に、イオンは自身の緊張を実感する。
静かに入った室内の灯りは落とされていた。
しかし、庭に面している幾つもの窓からの月明かりが、暗い室内を、声の主を…正確にはその人が座っている椅子の背もたれを仄かに照らし出す。

アニスが後ろで扉を閉めた音が室内に響くと、椅子はその場で(…あ、ディストの椅子だ)ゆっくりと向きを変える。
そうして声の主だろう女性が姿を現した。
ふわふわと揺れる癖のある長い黒髪と、淡く微笑んだ唇、そして、閉じられた双眸が印象的な女性だった。

「こんばんは。ええっと…どちら様ですか?」

ふわふわと揺れる髪と同じくらいやんわりふんわり兎に角ひたすらに柔らかく微笑みながら問い掛けられ、イオンはへなへなと力が抜けるのを感じた。
そう言う誰何は扉がノックされた時にやってこそ意味を成すのではないだろうか、と。
しかし、それをぐっと堪えてイオンは気を引き締める。

「…僕は、ローレライ教団導師イオンといいます…」
「えと、神託の盾騎士団導師守護役所属アニス・タトリン奏長です」
「あら、そうですか」

名乗った2人にふわりと笑った女性から放たれた言葉に、

「初めまして」

安堵の息を吐き、

「私はリスティアータと呼ばれています」

ぎょっと息を飲んだ。

「………、はぅあ!ま、マジですかぁ!?」
「あら、ふふふ。ええ、まじなの」

驚きのあまり大袈裟な程に仰け反って驚愕の声を上げるアニスに、リスティアータと名乗った女性は柔らかく微笑みながら頷く。
再び混乱した思考に頭を抱えるアニスの横で、リスティアータをじっと見つめていたイオンは、静かに口を開いた。

「リスティアータ様」
「はい?」

微笑みを崩すことなく顔を向けたリスティアータの表情は、

「僕と、一緒に来て頂けませんか」

イオンの言葉に嘘のように消えた。
ピリッと張り詰めた緊張感に、イオンはぐっと息を詰める。

「………何故です?」

リスティアータから静かに放たれたのは、試すかのような問いだった。

「リスティアータ様のお力を、お借り、したいんです。戦争を…起こさせない為に」

緊張に言葉を詰まらせながらも、イオンは答える。見られてはいなくとも、目を背ける事はしなかった。

そう。
イオンとアニスが深夜の教会内を人目を避けて移動していた理由はそれだった。
戦争を起こさせない為に、ローレライ教団の最高位の導師である筈の彼は、ローレライ教団から脱出しようとしていたのだ。
その最中のリスティアータとの面会という寄り道は、大きな大きな賭けだった。

沈黙は長かったのだろう。
いや、もしかしたら僅か数秒の事だったのだろうか。
いずれにせよ沈黙が永遠にも感じられて、イオンが更に強く手を握り締めた時。
リスティアータは、ふわりと微笑んだ。

「…私で良ければ、お手伝いさせて下さい」
「あ、ありがとうございます!」

その返事と緊張からの解放で、イオンは素直に喜んで感謝を述べる。
そんなイオンに微笑んで、リスティアータはぽむっと手を叩いた。

「では、お出掛けの準備をしますね。すぐに戻りますので、お待ち頂けますか?」
「は、はい…」

お出掛け発言に苦笑しつつ、どこかウキウキとした様子で別室に向かったリスティアータを見送ると、本当に十分足らずで戻って来た。
しかし、その手には何の荷物も見当たらない。

「あの、もう…いいんですか?」
「ええ、お待たせしました。お急ぎなのでしょう?」
「…はぅあ!そうですよイオン様!早く脱出しなきゃ!急ぎましょう!」
「あら、だったらそこの窓からお出掛けしましょうか」
「はへ?」

混乱から復活したアニスが再び慌て始めると、リスティアータはケロッと言う。
唐突な勧めにきょとんとした2人が彼女を見ると、にこにこと笑顔を浮かべたリスティアータが、自らの椅子の肘掛けをぽむぽむと叩いていた。


再執筆 20080821
加筆修正 20160821

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