Metempsychosis
in Tales of the Abyss

013

ヴァンの副官となってから、数ヵ月が過ぎた。
弟を喪った直後は憎悪と後悔が渦巻いた心も、それらが消えることはないけれど、元来の冷静さを取り戻しつつある。
…行き場の無かった感情が、向かう先を得たからだろうか。
現金な自分をひっそりと自嘲して、リグレットはダアトへの帰路を進む。

任される事も増えた。
その中でも特筆すべきは、ヴァンの妹…ティア・グランツの士官候補指導を任された事だろうか。
リグレットに敵意を抱いているのか、態度こそ反抗的であるものの、兄を一途に慕う様子も、勤勉に訓練に取り組む様子も、少しだけ…マルセルと似ている。
しかし…個別指導などという明らかな特別扱いにより、そろそろ弊害が出る頃だろうか。

それから…ヴァン自身に対しての感情に乱れが生じている事が、リグレットを混乱させていた。

最初は憎み、怨み、殺そうとした。
その時、あの男に狂気を見た。
恐らく、私は怯えたのだと思う。
次いで怒りを抱いた。
預言への憎悪を口にしておきながら、預言を宿すもの…リスティアータに媚び諂う様に。
しかし、その後に見せた顔が、リスティアータを語った男の顔が、言葉が、頭から離れない。
短い期間ながら、冷徹さと狂気以外の顔を見たのは、あれが初めてだった。
あんな……柔らかい表情が出来る男だとは…、

「……解らない男だな」

思わず漏れた呟きに、ハッとして足を止める。
ダアトの手前にある第四石碑の丘に人影はなく、呟きは誰の耳にも届いていない事に胸を撫で下ろす。
ひゅぅ、と柔らかな風が吹き抜け視線を移せば、眼下にはダアトの街並みが一望出来た。
中央に聳える塔は、リグレットが戻る先であるローレライ教団である。
それを囲むように大小様々ながらも数多の家屋が建ち並んでおり、遠目ながらも巡礼であったり商業であったりと人々が行き来しているのが見えた。

ふと、視線が止まる。
それは、ダアトを守る外壁から真っ直ぐ上に伸びる白く太い巨大な十本の支柱。
それらは途中で向きを変え、中央…ローレライ教団の塔に集合している。
その姿は蜘蛛の巣に似ていると思う。
単純な見た目だけの話ではない。
預言という蜘蛛の糸を民は遵守する事で満足し、甘え、知らず縛られ、知らず享受する。その様を表しているようだというのがひとつ。
もうひとつは、

「……まるで鳥籠ね」

リスティアータの鳥籠の様だと、思った。

ヴァンからリスティアータの望みを聞いて、リスティアータに抱いた矛盾と畏怖は、嘘のように無くなった。
その言葉ひとつが、総ての矛盾と違和感を説明するのに的を射ていた為に疑う気すら起きなかったのは確かだが、ヴァンの言葉を鵜呑みにしたのではない。
あれから数回届け物の為に面会したが、その度に喜び、退室しようとすればがっかりと肩を落とす。
他の者達に訊けば、そのような態度は示さないと言う。
それにより、リグレットは益々ヴァンの言葉に確信を得た。
見るものが違えば犬猫が懐いているようだと微笑ましく見るのかもしれないけれど、そんな、生易しい感情ではない事をリグレットは知っている。
そう、リスティアータもまた…─────。

憐れみを感じなかったかと言われれば否と答える。
預言が憎くないかと問われれば、これも否。
だが、

「………私は」

リスティアータを…彼女を殺したいのかと問われれば、それも…………否。

迷っている。
明らかな事だ。
銃口を向ける機会はあったのに、向けなかったのだから。

「…………預言の無い、世界」

ヴァンの言葉が過る。

それは、この預言中毒となった人類を、世界を解放する為の、劇薬となる計画。
初めて聞いた時は耳を疑ったものだが、今は…………、

「・・・・・」

預言は憎い。
嫌悪する。
それは、この先も抱き続けるだろう。

しかし…──────────

──────────…未だ答えは出ないけれど、一筋光が射した気がした。


その後、数ヵ月が経ってティアの個別指導を終えた頃、

「閣下、御時間を頂いて宜しいでしょうか」

リグレットはひとつの答えを導き出した。

執筆 20160503

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