Metempsychosis
in Tales of the Abyss

014

「リスティアータ様にお目通りして来い」

開口一番そう言われて、カンタビレは盛大に顔を歪めた。


師団長の職について暫く、長期任務を終えてダアトに戻ったカンタビレは、主席総長であるヴァン・グランツの呼び出しを受けて彼の執務室に出向こうとしていた。

「…チッ」

舌打ちをひとつ。擦れ違った兵がびくっと肩を震わせるのにも苛立ってまたひとつ。

「…チッ」

行きたくない。
内心で、言葉を濁さずにそう思う。
ヴァンという男がいけ好かない。
しかし、何が?と問われると、少し困る。

カンタビレは実力主義だ。
どんなに小生意気な餓鬼でも、生意気を言うだけの強さを兼ね備えていれば嫌いではない。それは、相手が自分を嫌っていようとも変わらない。
反対に、惰弱で脆弱で自分の事もまともに出来ないくせに立場だけは偉くなって他者を蔑むような野郎は反吐が出る程嫌いだった。相手が自分にすり寄って来た日には、嫌悪に歪む顔を隠しもしないだろう。
それが、カンタビレの明確な判断基準。

それに照らし合わせれば、ヴァン・グランツは前者である。
神託の盾騎士団主席総長の立場に相応しい実力を持っている。それは、武力のみならず、精神の強さも。
それは、認める。
しかし、カンタビレのもうひとつの判断基準…第六感が警鐘を鳴らすのだ。
神託の盾騎士団員からも、ローレライ教団幹部からも信頼を集め、それに応える働きを見せるヴァン・グランツは、危険だと。
何か、底知れない、澱んだ闇を隠していると。

「…チッ」

盛大な舌打ちをまたひとつ。
命令に逆らえる立場ではないが、まったくもって気が進まず、足取りは自然と重くなり、それ以上に荒くなった。


そんなカンタビレが長期任務の労いもそこそこに言われたのが冒頭の言葉である。
カンタビレは露骨に眉を寄せた。

「…何であたしが、あんた達のお姫様の為に、時間を無駄にしなけりゃならないんだい」
「…口を慎しめ」

丁寧に言葉を区切って嫌悪も露に吐き捨てたカンタビレに、ヴァンの傍らに控えていたリグレットが、鋭い眼光で睨みつける。そんな常人ならば震え上がるに充分な殺気も、カンタビレはフンと鼻で嗤いはね退けた。

「あたしは暇じゃないんだ。お姫様の暇潰し相手なら他をあたんな」
「これは命令だ。お前に拒否権はない」

それだけ言って踵を返したカンタビレだったが、ヴァンの威厳の籠もった声に足を止める。

「…………ふざけてんのかい」
「ふざけてなどいない。これは主席総長である私の命令だ。命令を破棄するだけの理由がお前にあるか?」
「・・・・・・・・」
「ないようだな。期限は3日。…あまりリスティアータ様をお待たせしないようにな」
「・・・・・・・・・・チッ!」

リグレットに優るとも劣らない睨みを投げつけたが、それで揺らぐような男ではない。もとよりそれでは主席総長など務まらないだろう。
カンタビレは本日最大の舌打ちを残して、足取りも荒くヴァンの執務室を出た。


嫌なことはさっさと済ませるに限る。

そう考えて、執務室を出て直ぐ、リスティアータの安置場所へと足を向けた。

カンタビレは長い、無駄に長い廊下を進む。
吹き荒れる苛立ちに自然と足取りは荒くなっていた、のだが。
ピタリと歩みを止める。
目の前には、安置場所へ繋がる豪奢な扉がある。

「・・・・・」

周囲を見回し、後ろを振り返る。
そこには……誰もいない。
何故、誰もいない?
何故、ここに着くまでに誰にも会わない?
『リスティアータ』の安置場所の警備としては、杜撰などという言葉では足りない。
あり得ない…あってはならない事ではないのか。

「どういう事だい…」

呟きは広い廊下に反響すること無く消えた。
消化出来ない疑問を抱えつつ、カンタビレが豪奢な扉を開くと、その先に真っ先に見えたのは、大きな鳥籠だった。

「これは………」

思わず瞠目する。
豪奢な扉から鳥籠の入口まで、硝子で隙間無く囲まれたアプローチが真っ直ぐに延びている。
アプローチを進めば鳥籠には庭も見えたし、緑も豊かに植えられているが、外側には高い硝子の壁があって、外界からは隔絶されている。
唯一外界に繋がる開口は大きく、自然を感じられてさぞ解放感があることだろう。
しかし、ここは地上から遠く離れた塔の上だと記憶しているカンタビレからすれば、それもまた、外界から隔絶されているのと同じだろうと、思わずにはいられなかった。

「・・・・・」

同情めいた考えが湧く。
孤独という単語が、脳裏に焼き付いた。

「……チッ」

湧いた思考を鋭い舌打ちで振り払い、鳥籠の入口を叩く。

…………………。

反応が無い。
訝しく思いながらもう一度、先程より強くドアを叩いてみる。

…………………………。

やはり、反応はない。
そうなると、思い至る可能性は…─────
─────…カンタビレは気を引き締めた。

「・・・・・」

ドアに耳を寄せて中の様子を窺うと、物音は何もしないが幾つかの気配は感じられた。
音もなく抜剣し、低く身を屈め、静かに薄くドアを開く。
さっと巡らせた範囲に異常はない。
剣を握り直し、後方を確認。異常はない。

カンタビレは大きく扉を開き、室内へと飛び込んだ。

横飛びに身を翻しながら状況を見る。
攻撃はない。
着地し、更に辺りを見るも、やはり敵の姿はない。

警戒は残しつつ、ゆっくりと立ち上がった時、カンタビレは絶句した。

「・・・・・」

立ち上がり、広がった視界に飛び込んできたのは巨躯。いつもならば導師守護役の少女と共にいる筈の魔物、ライガの、巨体。
元来から警戒心が強く凶暴な魔物であるライガ。
アリエッタ以外の者には早々懐くことはなく、神託の盾の中で最も敬遠されている存在……の、筈、なのだが。

何とも言えない頭痛がし始めて、カンタビレは額を押さえた。

その、警戒心が強く、凶暴で、危険で、アリエッタ以外には懐かない、魔物が、腹を見せて何とも気持ちよさそうに寝転けているのだから。
最初は番犬代わりかと頭を掠めた考えは、時空の彼方に捨て去るしかない。
番犬代わりにもならないだろう。ノックしても突入しても起きないような魔物なんて。目を細めて喉をクルクル鳴らしている様子を見ても、図体がデカいだけのただの猫にしか見えない。

そんな事を考えて現実逃避していたカンタビレは、いよいよ否が応でも現実を見るしかなくなって、ちらりと視線を下げた。
視線を下げた先には…ライガの腹…に体を預けて、すやすや眠る女性に視線を向けた。
もぞもぞとライガの腹に顔を擦り寄せ、眠っていてもふさふさの鬣を撫でる手は止まらない。

「………どうしろってんだい」

思わず出たぼやきにもライガは一切反応せず、カンタビレの声は空に消えた。

至って平和な様だが念の為にと遠慮無く各所を確認したが、危険は無く。
色々と面倒になったカンタビレがやたらとふかふかなソファに身を沈ませてから一時間が経過した。
その間に「出直そうか」と思わなかった訳ではない。また来なければならないのは面倒だが、黙って出ていけば誰も知る事はなく、掻く恥もない。
しかし、何故か。
もやもやとした気持ちに眉を寄せた時だった。

「………ん」

女性が身じろぎ、もぞもぞと起き上がる。
そして、とろんとした寝ぼけ眼の女性と、目が…──────────…合った。

「…ぁ…」
「……?」
「…ぅあ!…ぁ…ぁっ…ぅ…くっ!」
「!?」

その変化は激しいものだった。
目を見開いた女性は、見る見る間に青醒め、両手で目を覆い隠すと、全身をガクガクと震わせて、呼吸の仕方を忘れたかの様に浅く短く息を吸うばかりになる。
当然カンタビレは驚き、慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、こちらもやっと起きたらしいライガが番犬以上の威嚇をしながらカンタビレの前に立ちはだかる。
間の悪い奴だ。

「チッ、一応役には立つようだね…。でも状況を考える事は出来ないのかい?」
「…ぅ…ぁあっ…ぃッ…やぁっ…」
「ガルァ!!」

辛そうに呻く女性をライガなりに守ろうとしているのだろうが、カンタビレにしてみればいい迷惑…もしや、こちらが何かしたと思っているのか?更にいい迷惑である。

無言の睨み合いとなったが、程なくそれも終わりを告げた。

「…っ…。…ライガ、もう大丈夫。ありがとう」

そう言って女性が宥めると、ライガはやけに可愛らしくきゅぅんと啼いて下がった。
女性はまだ多少呼吸は荒く、額には脂汗が見られたが、先程までの苦しがりようが嘘のような柔らかな微笑みを浮かべている。

唯一違うのは、その双眸が閉じられている事だけ。

カンタビレは目を細めた時、ひとつ大きく深呼吸をした女性がこちらに顔を向けた。

「初めまして。私はリスティアータと呼ばれています。あなたは…どちら様ですか?」

執筆 20081002
加筆修正 20160416

あとがき

ネタ投稿で投稿されたネタ、と言うよりリクエスト(笑)
いつか書こうと思っていたので、「不可得」ではなく此処に載せます。
上中下になる予定です。

プラウザバックでお戻り下さい。

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