Metempsychosis
in Tales of the Abyss

誰の味方にもなれない欲張り

アルビオールの飛行は順調だった。
これといってやる事もなく、静かに目を閉じていたカンタビレは、キィ…と微かな音を立てて開いたドアに瞼を上げる。

「カンタビレ、ノエル、お疲れ様」

『ご用』を済ませ、休まれているとばかり思っていた君主の柔らかな声に、僅かな驚きと共に振り向き、

「お茶にしましょうか」
「そうですね」

長い話になりそうですからと、胡散臭い微笑を顔に貼り付けて言ったジェイドの姿に、カンタビレは大体のことを悟った。



コポコポとティーカップに注がれる、操縦中のノエルの分を除く三人分の紅茶。
それを各々受け取り、コクリと一口飲んで、揃って小さく吐息を吐いた。

「さて」

口火を切ったのは、やはりジェイドだった。

「タタル渓谷での帰り道で、魔物に襲われまして」
「まぁ、大変」

どうやらネチネチ責める事にしたらしいが、それに眉を下げて返すリスティアータは全然気づいていない。

「ユニセロスという魔物でした」
「……」

そう言って、ジェイドがリスティアータの反応を窺うように眼鏡の奥の目を細める。

(……どうやら未だに核心には立ち入れずにいるらしい)

ジェイドのことだから、既に大方の予測は出来ているだろうが、確信に至るだけの証拠…証言が得られていない様だ。
そう判断して、カンタビレは安堵の溜め息を隠すように紅茶に口をつけながら沈黙するリスティアータの方を見て、固まった。

きょとん。

そんな擬音がピッタリな顔で、瞳をぱちくりさせるリスティアータ。
演技かとも思ったが、頭の上に疑問符乱舞の物凄くきょとん顔。
どうやら本気で分からないらしい彼女に、ジェイドのみならず、カンタビレも反応に困る。

「……はぁ」

締まらない空気に嘆息したジェイドが、目を閉じてグリグリと自らの米神を揉む。
彼が内心で、最近こんな事が多い事を嘆き、リスティアータへの対抗力の低下を自覚し、あまつ自身を叱咤しているとは、端で見ているだのカンタビレは知るよしもなく。
……悩みの種であるリスティアータなんて、言わずもがなである。

「……ユニセロスは言っていましたよ」

気持ちを完全に切り替えたのか、再び開かれたジェイドの瞳は、軍人のそれだった。

「……ティアの『内』に、障気があると」
「…… 」

行きでは何も無かったのに、何故ですかねぇ?

にこにこと、口元だけの笑みを浮かべて言ったジェイドには、今まで以上の威圧感があった。

と、

「……あら、」

リスティアータが沈黙を破り、ぽむ、と両手を打って、

「そう言えば、そんなこともあったかしら」

すっかり忘れていたわねぇ。

と、けろっと言ったリスティアータに、ジェイドの空気がすぅっと冷えた。


それは、つまり、

彼女が『未来を知っていた』と言うこと。

更に先の『未来を知っている』と言うこと。

そして、彼女が『未来』に対し
『某かの目的を持って動いている』と言うことで。

それはジェイドに『とある』疑惑を抱かせるには十分だった。

「ティアに何をしようとしていたんです?」
「あら」
「初めてには見えませんでしたが?」
「あらあら」
「目的は?」
「困ったわねぇ」
「いっそ身体中調べても?」
「おい」
「まぁ、ふふふ」
「そろそろヴァン達との関係もお聞かせ願いたいですねぇ」
「お友達、かしら?」
「貴女は」
「はい?」

--------我々の『敵』ですか?

矢継ぎ早の詰問に困惑していたリスティアータは、最後の問いに数回瞬き、

ふわ…と、優しい……優しすぎる微笑みを浮かべた。

「『敵』では無いけれど、」

あまりに淡いその微笑みは、

「『味方』にも、なれないんでしょうね。----------------------欲張りだから」

彼女が『生きた人』であるとは、とても思えない程に、

今にも空気に溶けて消えてしまいそうな程に、

とても-----------------------------とても、哀しいものだった。



執筆 20130203



あとがき


彼女は『中立』。

どちらでもある、ではなく、どちらでもない。

どちらにもなれない。

選べたらいっそ楽だっただろうに、『悪』と思えれば選べただろうに、出会ってしまえば愛しくて、気づけば完全に板挟みです。

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