Metempsychosis
in Tales of the Abyss

008

「姉上の生誕祭はいつなんだ?」

その問い掛けに、フィエラは首を傾げて、内心で目を瞬かせた。訊いたアッシュはと言えば、姉の様子を不思議に感じながらも大人しく返事を待っている。

「…………さぁ、いつなのかしらね?」

考えた末に答えを口にすれば、アッシュは少し不満気に眉を寄せた。

「教えてくれないのか?」
「そうでは、ないのだけれど…」

自分の生誕祭、つまりは誕生日?・・・考えたこともなかった。
そもそも今何歳なのかさえ明確には分からないのだと、フィエラは今になって気づいてしまった。

目を開けたら父がいて、母がいた。
思い出せる限りでは、視力ははっきりしていたように思うので、出産直後でないことは確かだろう。もしかしたら生後1歳を過ぎていたかもしれない。
それから…それから誘拐されて、長らく力に苛まれる日々を送ったのだが、その辺りの記憶は大分曖昧であった。力を制御出来るようになった頃には日数なんて解らなくなっていたし、そもそもこの世界の暦はあまりに前世の暦と違い過ぎていた。
だから、アッシュの問いの答えを、フィエラは持っていない。

「………分から、ないわ」

考えた末に答えた姉の表情に、アッシュは言葉を失った。
深い意味はない、ちょっとした好奇心。生誕祭には贈り物をしようか位しか考えていなかった。
だから、いつもにこにこと微笑みを絶やさない姉が、何故そんな…今にも泣き出しそうな苦い笑みを浮かべるのか、解らなかった。掛ける言葉なんて、浮かぶ訳もなかった。
結果、一方的に気まずくなって、理由にもならない理由を言い放って、返事も聞かずに半ば逃げ出すように自室に戻った。


今日も鍛錬を終えて自室に戻ったアッシュは、はぁ…と重い溜め息を吐いてベッドに腰掛ける。
情けなく丸まった背は、鍛錬の疲れからではない。あれから数日経ったが、姉に会いに行けないでいるからだ。あんな事、聞かなければ良かった。その後悔が消えない。それに、またあんな表情をさせてしまうかもしれないと思うと、自然と足は重くなった。

「………はぁ」

大きく溜め息を吐いて、とりあえず汗を流そうと立ち上がる。着替えを用意すべく室内を歩いていた時、ふと壁に掛けてある暦が目に入った。教団の行事等が予め記載されているそれは、教団に所属する者全員に年2回配給される物だ。
アッシュは無意識に、今日の日付を探した。

「…今日は…確か…、……」

日付はすぐに見つけられた。しかし、なんだか引っ掛かりを感じて、暦を…今日という日付を凝視する。そして気付く。
気付いてしまったらもう居ても立ってもいられず、部屋を飛び出していた。


その頃フィエラは、窓辺でお茶を飲んでいた。1人だった。
以前は独りでいるのが当たり前であったが、ヴァン達が時々、アッシュが頻繁に訪れるようになってからは、その当たり前は無くなりつつあったのだけれど…。そう思って自嘲する。
そのアッシュは、数日来ていない。理由は…分かっている。きっとあの日、生誕祭がいつか訊かれた日の事を気にしているのだろう、と。
フィエラ自身、失敗したと後から思った。その時は気付かなかったけれど、きっと泣きそうな顔をしていただろう。優しいあの子が戸惑わない筈がないのに。

「駄目ねぇ、私ったら…」

そう呟いて、更に自嘲した時だった。
元気良くドアが開かれたのは。

「あら」
「姉上!」
「アッシュ?」
「あの!…えっと…さ、」

最初の勢いはどこへやら、アッシュはリスティアータの顔を見た途端に気まずそうに口ごもってしまった。しかし、フィエラは勇気を出して会いに来てくれた事が、ただただ嬉しかった。

「………こんにちは、アッシュ」
「…こんにちは」

フィエラがふわりと微笑むと、アッシュはホッと息を吐いた。そして、

「姉上に…これを…」

そう言ったアッシュがリスティアータの手に握らせたのは、

「まぁ…可愛らしいお花さん達ね」

小さな小さな花束だった。
花束と言えば聞こえは良いが、摘んだ花を纏めて持っていただけで、リボンもなければ綺麗に包装されている訳でもない。
それでもフィエラは、きっと急いで摘んできてくれたのだろうと分かったので、とても嬉しくて、自然と微笑みが浮かんだ。

「ありがとう、アッシュ」

フィエラの心からの感謝に、アッシュは大いに照れつつも、更に言う。

「今日は、姉上の生誕祭…だから」
「え?」
「今日は、俺が姉上に初めて会って、姉上が俺の『姉上』になってくれた日だから」

だから、今日が姉上の生誕祭だ、と。
そう、言った。


い、言い切った。
達成感を感じながらも、恥ずかしさで顔に熱が集まって、思わず俯いてしまう。

「・・・・・」

姉上の反応が無い。何故だろう?
も、もしかして俺はまた傷つけたのか?
一秒経つ毎に緊張が増し、今はもう息苦しい。
その時、優しく頭を撫でられて、ハッと顔を上げる。

「………ありがとう」

そう言って微笑んだ姉は、泣いていた。
閉じられた双眸から、一筋の涙を流して。
でも、それは悲しい涙ではないと、アッシュにも分かった。悲しかったり、嫌な気持ちになったなら、こんな綺麗な涙は流さないと。
ここまで喜ばれると、照れくさいとも思うけれど。

「おめでとう、姉上」
「…ありがとう、アッシュ」

本当に、ありがとう。

そう言った姉上の笑顔を、俺は忘れることはないだろう。


執筆 20080906
加筆修正 20160410

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