Metempsychosis
in Tales of the Abyss

忘却の過去

「なんかさ…様子が変だったよな…、アリエッタ…」

場所はローレライ教団内。
ライガの攻撃を受け、酷い火傷を負ったパメラの手当てを終え、礼拝堂に向かって長い廊下を歩いている最中の事。
ぽつりと呟いたルークに、共に歩いていたティア、ナタリア、アニス、そしてイオンは足を止めた。

「言われてみれば、そうですわね」
「前回襲われた時とは様子が違っていたわ…」
「立ち去った時の様子も、何だか…」
「そ〜お〜?根暗ッタは根暗ッタじゃん!街中で暴れるしママに怪我させるしちょ〜ムカつく!」

ルークと同じく考え込んだティアとナタリアに、アニスは1人ぷうっと頬を膨らませる。

自分の母を目の前で傷つけられたのだから、その怒りはある種当然と思わなくもないが、そんなアニスをティアが窘めた。

「確かに街中で暴れたアリエッタも悪いけど、アニスにも非はあると思うわ」
「むぅ!何それ!」
「あの時、様子のおかしかったアリエッタに『根暗ッタ』なんて言葉を投げ掛けて、不用意に刺激したのはアニスでしょう?」
「う…、そう…だけど…」

最初こそ納得出来ないとばかりにティアを睨んで噛みついたアニスも、続けて言われた事には心当たりがあった為、ぐっと言葉を詰まらせた。

少し気まずい空気が流れる。

「…アリエッタの事も気になりますが、ガイの様子も心配です。今は礼拝堂へ行きませんか?」

空気を変えようとして言ったイオンに、ルークはアリエッタが去った直後のガイの様子を思い出す。

『…思い…出した…っ』

そう言って地面に力無く膝を着いたガイは、青褪め、ガタガタと震えていた。
まるで…、そう。
女性に触られた時の様に。

パメラの治癒も一段落して教団へ移動しようとなった頃になって、ジェイドに支えられて漸く立ち上がる事の出来たガイ。
暫くそっとしておいた方が良いだろうと心配しながらもジェイドに任せ、自分達はタトリン夫妻の部屋へとパメラを送り届けたのだ。

「ああ、そうだな」

アリエッタの事は頭の片隅に残りながらも、ルーク達は礼拝堂へと再び足を進めた。




礼拝堂に入れば、ガイはユリアを描いたステンドグラスに照らされるように座り込んでいた。
少し離れた場所に立つジェイドがやって来たルーク達に気づいて振り返る。

「パメラさんは?」
「もう大丈夫みたいだ」
「アリエッタの奴は?」

まだ怒りが治まらないアニスに問われ、ジェイドはひょいっと肩を竦めた。

「教団には姿を現していないようです。一応、トリトハイム詠師に事態の説明はしておきましたから、戻ったら拘束されるでしょう。まぁ、六神将の誰かが戻ってくれば、それもすぐに解放されるでしょうが」
「ったく、あの根暗女……」

むくれたアニスはさて置いて、ルークは先程から座り込んだままのガイに声を掛ける。

「ガイは……大丈夫なのか?何か思い出したみたいだったけど……」
「……ああ。すまないな。あんな時に取り乱して」

振り向いて立ち上がった様子は、確かに直後より大分落ち着いたようだが、ぎこちなく苦笑う表情は未だ不安定なガイの心情を顕しているかのようだった。

「何を思い出したか、聞いても良いかしら」
「俺の家族が……殺された時の記憶だよ」




その日はガイの…ガイラルディアの5歳の誕生日だった。
集まった一族の皆に祝われ、楽しい時を過ごしていた。
自分も家族も、メイド達までもが笑顔だった。
幸せ、だった。

しかし、預言師が預言を詠もうとした時、それは脆くも崩れ去った。

最初に感じたのは砲撃が放たれたドォンという音。
次いで、それがどこかに落ちた音…衝撃。

間もなく部屋に駆け込んで来たメイドは、青を通り越した色の無い顔を悲壮に歪め、『キムラスカが』、『ファブレ公爵が襲撃を』と息を切らしながら言った。

姉と自分に部屋に残るように言って、部屋を出て行く両親や大人達。
それが両親を見た最期になるとは思いもせず、ガイラルディアは不安気に姉のマリィベルを見上げた。

そんなガイラルディアのまだ小さな手を握り締め、視線を合わせるように膝を着いて言った。

その表情は今思えば酷く強張っていたのだと思う。
それでも幼いガイラルディアに悟らせまいとそれを押し隠す様は、ガルディオス家の長女としての凛とした気高さに満ちていた。

『いいですか、ガイラルディア。お前はガルディオス家の跡取りとして生き残らねばなりません』

そう言って、マリィベルは使われていない暖炉に戸惑うガイラルディアを押し込めた。
中が露わな暖炉に入った所でと思うかも知れないが、その暖炉には特殊な譜術が掛かっており、中の様子は見えないように出来ていたのだと、後々になってガイは知らされた。

『ここに隠れて。物音一つたてては駄目ですよ』
『姉上!』
『しっ!キムラスカ軍が来たようです。静かになさい。いいですね』

マリィベルの手が離れると、途端に不安と恐怖が込み上げた。
縋るガイラルディアにはお構いなしに、ガシャガシャと鎧の立てる音が幾つもこちらへと近づいて来る。

『女子供とて容赦はするな!譜術が使えるなら十分脅威だ!』

大人しく暖炉に座り込んでいたガイラルディアが一際大きな声とその内容に、びくりと震える。
直後だった。
白い鎧を血で汚した兵士が部屋に乗り込んできたのは。

『そこをどけ!』

その恐ろしい姿に震えていたガイラルディアとは対照的に、マリィベルは暖炉の前に立って、鋭く兵士を睨み付けた。
部屋にいたメイド達も、マリィベルと共に兵士に立ち塞がった。

『そなたこそ下がれ!下郎!』

その言葉には強い侮蔑が込められているとガイラルディアは気付いた。
幼いガイラルディアでさえ気付いたのだ。
相手の兵士が気付かない訳が無い。
怒りに顔を真っ赤に染め、武器を持たないマリィベルに向かって剣を振るうのを、ガイラルディアは呆然と見ていた。

『ええいっ!邪魔だ!』
『きゃあーーっ!!』
『姉上!』

咄嗟に身を退いたが刃はその華奢な腕を捉え、マリィベルは悲鳴を上げながら倒れる。
それを目の前にして、ただ震えてはいられなかった。

姉が、怪我を負った。

助けなければ…と、

そう、思ったのだと思う。

暖炉から飛び出したガイラルディアに、驚いた兵士が反射的に剣を振る。

そこからは、まるで時が流れるのを忘れてしまったかのようだった。

『ガイ!危ない!』

マリィベルの声がして、

『うわぁぁぁ!』

自分は迫る凶器にただ悲鳴を上げていた。

感じた事のない【死】を前に、ただ固まっていた。

『ガイラルディア!』

そんなガイラルディアの視界を覆い尽くしたのは、覚えのある温もりだった。




執筆 20120128

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