Metempsychosis
in Tales of the Abyss

024

あの子のノックは分かりやすいとフィエラは思う。ドアを叩くと言うよりつつくと言った方が正しいだろうノックは、あの子の引っ込み思案な性格を表すかのように控えめだ。

────こつ、こつ、

「どうぞ」

そんな音にふっと微笑んで応えれば、扉が静かに開かれた。

「…リスティアータ様、こんにちは…です」
「こんにちは、アリエッタ。よく来てくれたわね」

扉から挨拶したアリエッタにおいでと手を差し出せば、彼女は嬉しそうに駆け寄ってくれる。キュッとフィエラの手を控えめに握ったアリエッタは、片手で抱いていたぬいぐるみに顔を埋めてポツリと呟いた。

「…ひなたぼっこ…」
「あら、素敵ね。今日はお天気もいいし、窓辺でお茶にしましょうか」
「はい、です」

自分の意図を理解してくれたリスティアータの提案に否がある訳もなく、アリエッタは嬉々として頷く。

「お茶を用意するわね。あ、そうだわ」
「?」

ぽふりと手を打ったフィエラにきょとりと目を瞬かせたアリエッタ。そんな少女に、にっこり笑顔を向けて訊いた。

「久しぶりにお菓子を作ったの。アリエッタ、食べてみてはもらえないかしら?」
「! 食べたい、です…」
「まぁ、嬉しい。ではお菓子も持って来ましょうね。窓辺で待っていて」

そうしてフィエラが持ってきたお菓子を見て、アリエッタが見事に固まるのは、もう間も無く。


日が暮れ始めた頃、アッシュはきちんと執務を終えて姉のもとを訪れた。慣れた廊下を進み、見慣れた扉を叩けば、誰何もなく「どうぞ」の返事。そして開けた扉の向こうにある窓辺の光景の一部に目が留まり、思考が飛んだ。

「…え……姉上?」
「あら、アッシュ」

にっこり微笑んでアッシュにおいでおいでをする姉の傍にはアリエッタがいた。それは別に良い。アリエッタがいることには何の問題もない。ちょっぴり羨ましいだけで何も、問題なんて無い。ティーカップもあるのだし、2人でお茶をしていたのだろう。
問題は、その事ではなく、

「リスティアータ様…アリエッタ、帰る…です…」
「まぁ、もうそんな時間?楽しかったわ、ありがとうね、アリエッタ」

優しく頭を撫でられてコクリと小さく頷いたアリエッタは、立ち上がるとポツリと呟いた。

「あ、…ちゃんと、伝える…です…」
「ええ…お願いね、アリエッタ」

釘付けの視線はそのままに、姉のおいでおいでにふらふらと近付いていたアッシュは、二人の会話をすっかり聞き逃していた。ハッとしたのはアリエッタが軽い足音を立てて部屋を出て行った後で、姉がアッシュを見て微笑んだ時になってからだ。

「アッシュ、お仕事お疲れ様。あら?どうかしたの?」
「あ、や、な、何でも…な、い…?」
「…そう?」

物凄くどもりながら答えたアッシュにフィエラは首を傾げたが、思い出したように「そうそう」と手を打った。

「久しぶりにお菓子を作ったの。アッシュ、食べるかしら?」
「!?…あ…ああ…っ」

姉の示した皿に、アッシュは自分が青醒めたのが解った。しかし、にこにこと楽しそうに誘われて断れる訳がない。ややギクシャクとした動きながらも歩み寄り、姉の隣に座る。

素晴らしい手際で用意されたお茶を受け取ったアッシュは、テーブルに鎮座している姉上お手製お菓子を見る。アッシュの小指位の大きさのそれらに、手を伸ばす勇気が出ない。数度食べた事のある姉の作ったお菓子はどれも美味しく、決して料理下手とかではない筈だったが、そのお菓子は見た目があまりにアレ過ぎた。少なくともアッシュにはアレ過ぎる。

(なんでアリエッタは平気な顔をして食ってたんだ……っ!?)

八つ当たりの心の叫びを響かせるアッシュの額に妙な汗が滲む。食べなければ、食べなければ、と思っても、なかなかテーブルの下から手を上げられない。
すると、黙ってお菓子を見つめるアッシュの様子に、フィエラが頬に手を当ててちょっぴり悲しそうに言った。

「アッシュ、無理して食べなくても…」
「そっそんな事はっ」

姉上が悲しんでいる!?これ以上悲しませる訳にはいかない!
アッシュは慌ててお菓子に手を伸ばし、その勢いでお菓子を1つ摘まむ。黒々とした見た目のソレの感触は、予想外に硬い。アッシュは眼前に迫ったソレにキツく目を閉じて、口の中に放り込んだ。

「・・・・・」

一回二回三回と咀嚼する。
ザクザクとした食感と、口に広がった甘さに目を瞬かせた。

「……………美味い」
「まぁ、本当?嬉しいわ」

嬉しそうな笑顔に気まずさと後ろめたさを感じつつ、今度は白い方を食べてみる。
美味かった。
何よりこの食感。
考えていたものとはかけ離れていた事に物凄くホッとした。

「姉上、これは何ていう菓子なんだ?」

後を引く味にお菓子をパクつきながら訊けば、にっこり微笑んで教えてくれた。

「お菓子の名前?そうねぇ…『かりんとう』なんてどうかしらね?小麦粉を練って作った生地を、細長く切って揚げたものに、お砂糖をまぶしたの」

………虫じゃ、なかったのか。
お菓子の正体に心底安心して、アッシュは『カリントウ』を食べ続けた。美味かった。


再執筆 20080807
加筆修正 20160505

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