Metempsychosis
in Tales of the Abyss

導師イオンの頼み事

それは、ルーク達がバチカルに連行された翌日の事。

その日、アッシュがダアトに立ち寄ったのは、ほんの気紛れだった。

近くまで来たから、ヴァンや六神将の動きについての情報でも掴めればいいか。

そんな程度の考えでローレライ教団に入ったアッシュは、図書室から出てきたイオンに足を止めた。

特に話があった訳でもなかったが、それにより向こうもアッシュに気づいたようで、近づいてくるのを無視する訳にもいかず向かい合う。

「アッシュ、今戻ったのですか?」
「他の奴らの動向を探るだけだ。すぐに発つ」
「そう、ですか」

端的な答えにイオンが考えを巡らすのを見て、アッシュが訝しげに眉を顰めた。

「何だ」
「あ、いえ、すみません」

不快な思いをさせたとでも思ったのか、謝ったイオンが次いで告げた内容に、アッシュはギョッとする事になる。

「実は、リスティアータ様がダアトに戻られていて…」
「!?」

イオンがそう言うと言うことは、リスティアータは確かにダアトに連れ戻されているのだろう。
あんな『鳥籠』に自ら戻るとは考えられない。
いつ、何故、と問う必要はなかった。

黙って自分に背を向けたアッシュを、イオンは慌てて引き止めた。

今にも猛スピードで駆け出してしまいそうだったので、本当に慌てた甲斐あって、やや機嫌が傾いたようだが止まってくれた事に安堵する。

「リスティアータ様が『安置』されている場所は、現在厳重な警備がされていて、少数の世話役以外の立ち入りは禁じられているんです」
「何?」
「…長くなるので、詳しくは僕の私室で話しましょう」

それを聞いて更に眉間に皺を寄せたアッシュだったが、イオンに促されて漸く自分達が話しているのがエントランス(つまりは他者の多い場所)だと思い出した。

早くリスティアータに会いたいのを堪えて仕方なくイオンの私室に移動する。

念の為にと、先にドアを開けて中を見渡し、誰もいないのを確認したイオンに続いてアッシュも入室した。

と、

「!?…ぐっ!」
「アッシュ!」

口を塞がれたかと思えば、次の瞬間には壁に押し付けられていた。

慌てたイオンの声が耳に届きながらも、目が捉えたのは黒い色、ただそれだけ。

反射的に抜こうとした剣も気づけば鞘にない事に驚愕し、アッシュは目を見開きながら限界まで下を見た。

口を、つまりは頭を押さえられているのだから見える筈もないのだが、反射的にそうしてしまっていたのだ。

そうしているうちに、漸くドアがパタリと軽い、状況にそぐわない音を立てて閉じるのを聞きながら、アッシュは死を覚悟した。

と、

「久し振りじゃないか、弟君?」

聞き覚えのある、声がして。

ハッと目を上げて真っ先に見えたのは、漆黒…に見えるが、濃い紫と言った方が正しい色の、瞳だった。

と、言うか、

あまりにも近い、近過ぎて目しか視界に入らない程近い。

「何だい。暫く会わなかっただけでもうあたしを忘れちまう程、記憶力無かったのかい?」

知るか!と怒鳴りたかったが当然無理だった。

と言うか、

(くそっ!全然身動きが取れねぇっ!)

どこをどう押さえられているのか、全く動けない状況に苛立つアッシュだったが、呆れた溜め息を吐いて少し顔を離した相手を見て、状況を忘れて呆然とした。

自分を押さえつけているのは、自分と同様に姉を、リスティアータを君主と言っていた女…カンタビレだったのだから。

何故、いるのか。

カンタビレは死んだのだと、聞いた。

当然死体の確認をした訳ではないのだから、真偽が定かかと言われれば絶対とは言えないが、しかし……!

と、ふと思い付くひとつの可能性…だったが、

「言っとくが、レプリカじゃないからね」

間違えるんじゃないよ、と言うカンタビレ。

そう、カンタビレ、…………!

『お前今まで何してやがった!姉上がどんだけ心配したと思ってんだ!』

…と、怒鳴ろうとしたアッシュだったが、口をもがもがと動かすだけに終わった。

しかし、勢いだけで言いたい事は察したのか、カンタビレは呆れた顔で頷く。

「あーはいはい。分かった、分かったから、騒ぐんじゃないよ」

ったく、口を塞いどいて正解だったねぇ。

カンタビレはそう言って現状の正当性を主張したが、絶対それだけじゃないと、少なからずリスティアータのそばで接した事のあるアッシュは知っている。

慌てた様を見てからかいたかっただけなのだ、この女は!

唯一自由な目で全力で睨むアッシュをまたひとつ笑い、カンタビレは念を押す。

「あたしが生きてる事は内緒でね。もう一回言うが、騒ぐんじゃないよ。いいね」
「………」
「………」
「………、ぐっ!」
「いいね?」

言われた事にただ頷くのが癪で、囁かな抵抗をしてみたアッシュだったが、にっこり笑顔になったカンタビレにあらぬ所を押さえられたうえに力を込められそうになり、速攻で頷いた。

基本的にリスティアータ以外の者(特に男)には容赦ないカンタビレ。
場合によってはライバルでもあるアッシュにも容赦なかった。
超怖い。

そんな訳で漸く、本当に漸く、カンタビレの事情とリスティアータの現状、人質として捕まったノエル、そしてルーク達が連行された事を知った。

「アッシュ、皆さんにこの本を渡すついでに、バチカルから助けてはもらえませんか?」
「………」
「無理を言っているのは解っています。ですが……」
「…………分かった」

アッシュはリスティアータ以外には極めて素直じゃないのに加えてプライドが高いきらいがある。

ナタリアを助けたいに決まっているのに、『ルーク達』を助けて欲しいと頼まれると釈然としなかっただろう。

しかし、そんなアッシュを解っていての言葉選びなのか、イオンにそう懇願されて、素直じゃなくてプライドが高いが単純なアッシュは、渋々といった雰囲気を装いながら頼みを引き受けた。

「ありがとうございます!」
「べ、別に俺は」
「んじゃ、ついでにリスティアータ様も助けてくれないもんかねぇ?」

喜ぶイオンに照れたのか、目をそらしたアッシュは、カンタビレにケロッと付け加えられて、ギッと目を吊り上げて睨み、遂に腹の底から怒鳴った。

「お前も働けっ!」




執筆 20110414




あとがき

何だろう…どんどんカンタビレが最強への道を歩み始めている気がする…。

そんなつもりはないのですが…何故だ…?

まぁ、いい…か???

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