ピオニー陛下の画策
それから数日、数十日、数ヶ月と経過する中で、カンタビレはベッドの住人から卒業し、鈍った身体の感覚を取り戻す為の訓練に明け暮れる日々を送っていた。
しかし、しか〜し、今現在カンタビレは、『いつもの場所』と言える程に通い慣れた、人気の無い宮殿裏手にはない。
今現在いる場所、それは、マルクト皇帝私室。
そして、カンタビレの目の前で情けなくもちょこんと(不似合い極まった擬音だが確かにちょこんと)正座するマルクト皇帝、ピオニー・ウパラ・マルクト九世。
そんな情けない中年男を不愉快そうに見下ろして、カンタビレは言った。
「そんな事してる程、あたしは暇じゃないんだよ」
「そこを何とか!頼む!カンタビレ!!」
パンッと両手を合わせたピオニーが、拝むようにして懇願する。
繰り返すが、ここはピオニー皇帝陛下の私室。
そして、何度片付けても端から散らかされると整理整頓を諦めた私室内には、諸悪の根源たるブウサギ達の姿が……
……なかった。
一匹残らず居やしない。
で、皇帝という立場を彼方に放り出し、カンタビレに懇願するピオニーとくれば、話は自ずと解るだろう。
「家畜の捜索係りなら他を当たりな」
「家畜!?それは違うぞ!あいつ等は可愛い可愛い俺の」
「興味ないよ」
「遮るなよ」
「話は終わりかい?それならあたしは、」
「待て待て待てま…待ってクダサイ」
「しつこい」
「カンタビレ〜」
中年野郎に潤んだ瞳で見つめられた。
カンタビレはときめかなかった。
常のピオニーならば、ここで皇帝勅命を発動してくだらない事を強引に押し通す事もままある事。
しかし、カンタビレに皇帝勅命は通用しなかった。
以前、別件で皇帝勅命を発動したら、ケロッとあっさりペイッと拒否られたのだ。
カンタビレ曰く、
「あたしはマルクト軍人でもマルクト国民でもないんだよ。確かに怪我の治療をしてもらったし、その後の生活の支援してもらってるし?感謝はしてるさ。内容がそんなくっだらない事じゃなければ協力も考えただろうね。でもね、はっきり言わせてもらうよ。あたしはあんたが皇帝だろうがなんだろうが、『命令』には従わないよ。絶対にね。ーーーーー…あたしの君主は、リスティアータ様…ただお一人だからね」
そう言われた。
一体その時どんなくっだらない頼みをしたのかはさて置き。
真剣にそんな事を言われてしまえば、ピオニーも二の句が継げなかった。
因みにその時のピオニーのくっだらない頼みはアスランが押し付けられたらしい。
と、話は戻って現在。
「頼む!アスランは仕事で手が離せないしジェイドは音沙汰ないしで、他に頼める奴がいねぇんだよ!」
「!!」
ピオニーの言葉に、カンタビレは声を詰まらせた。
和平交渉の為にグランコクマを出立したジェイド。
暫くしてアクゼリュス崩落の連絡と共に届いた、ジェイド・カーティス大佐死亡の知らせ。
誰もがそれを受け入れ、彼の生存を諦めた中で、ピオニーだけは違った。
今だってそうなのだろう。
「………チッ」
露骨に舌打ちをしたカンタビレに、ピオニーはパッと顔を輝かせた。
「………今回だけだからね」
そうして暫く。
カンタビレは宮殿内を彷徨いていた。
4匹のブウサギ達を連れて苛々と歩くカンタビレに怯えて、見回りの兵士は誰もが廊下の端に避ける。
最後の1匹…サフィールの捕獲が難航しているのだ。
と、廊下の少し先を横切る人物に、カンタビレは声を掛けた。
「アスラン」
「!…カンタビレ、どうし……………」
突然で驚いたのか、一瞬肩を跳ね上げたアスランは、カンタビレを振り向いて、納得したように、掛ける言葉をなくしたように口を噤んだ。
引き連れられた、1匹足りないブウサギ達………自分も何度も経験した事だ。
言われずとも状況は解った。
「…ご苦労様です」
「ホントにね」
うんざりと溜め息を吐かれても、アスランは苦笑するしかない。
「足りないのは…サフィールですか」
「そうなんだよ。どっかで見なかったかい?」
「見かけていませんね…すみません」
「別にいいさ。ったく、どこに居るんだか…」
流石に厨房に侵入して捌かれてたら責任取れん。
軽く言うカンタビレは、多分本気だ。
「私が捜す時にもサフィールはなかなか見つからなくて…。ただ、居るのはいつも窓の向こう側だったり、どうやって行ったのか解らないような場所ばかりですよ」
それに更に苦笑して、アスランは経験者らしいアドバイスを送る。
「窓の向こうって…質が悪いね」
「はは、そうですね。私も、今の仕事が終われば手伝えるのですが…」
「ああ、気にしないでいいよ。引き留めて悪かったね」
ブウサギでサフィールのくせに生意気、とは言わないが、振り回されて良い気分にはならない。
やれやれと肩を竦めたカンタビレは、申し訳無さそうに言ったアスランと別れると、再びサフィールを捕獲すべく、移動を開始した。
カンタビレが貴賓室のベッドの下に潜り込んだはいいものの、出られなくなった上にぐうすか寝転けていたサフィールを見つけ、皇帝私室に投げ込むまでもう少し。
その私室で、唯一無二の君主と決めたリスティアータと再開するまで…ーーーーー…あと、少し。
執筆 20110411
あとがき
ピオニー陛下のサプライズの裏話でした。
カンタビレがブウサギを捜す為に部屋を出た後のピオニー陛下は、さぞかしニンマリとしていた事でしょう。
この時点でネフリーからジェイド生存の連絡は受けてますが、カンタビレには内緒v
そのジェイドともブウサギ捜してる間に再会。
アスランはまさにリスティアータのお迎えに行く所でしたとさ(笑)
これまたup場所に迷ったので、とりあえず最後尾に…。
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