Metempsychosis
in Tales of the Abyss

ただいま、なんて言わない

「「「「お帰りなさいませ、リスティアータ様」」」」

『鳥籠』に戻されたリスティアータを迎えたのは、寸分の狂いなく紡がれた、世話役達の声だった。

しかし、それに対してリスティアータが返すのは、柔らかな微笑みひとつのみ。

それを気にした風もなく、此処まで連行してきた者から今度は世話役達に入浴をと誘われる。

外の穢れを落とさせよとでも言われているのだろう。

言われるがままに入浴を終え、フィエラは1人、ふっと苦く笑った。

「また、替えられたのね…」

そう、先程フィエラを出迎えた世話役達は、誰一人とて聞き覚えのない声だった。

『リスティアータ』の世話役は、定期的にすげ替えられる。

その理由も、役を終えた…終えさせられた彼女達がどうなるのかも、フィエラは知らないけれど。

漠然と、思うのは…

『リスティアータ』のそばに、親しいモノは不要と、誰かが手を廻しているのだろうか、

…という事。

証拠も根拠も、確かな物はなにもない。

でも、恐らくは…。

フィエラがそう思う理由は、ひとつ。

「…今度の子達は、何てお名前なのかしらね…」

ね、クロ?

そう言って共に入浴をして濡れた身体を拭いてやれば、至極気持ち良さそうに目を細めるクロに和む。

そう。

フィエラは今までいた世話役の、誰の名前も知らない。

尋ねた事は何度もあったが、決まりだからと答える者はなく、そのまま暫くすれば替えられての繰り返しだった。

では、誰が?…とは思わない。

心当たりなど、1人しかいないのだから。

「…………」
「………っちゅん!」
「あら」

つい考え込んでしまったフィエラは、小さなくしゃみにハッと我に返った。

考え込みながらも手は動いていたのか、身体はちゃんと乾いているクロは、頭の大きさの割に短い手を懸命に伸ばして自分の鼻先を掻いている。

持ったタオルが鼻先を掠めたのか、ムズムズさせてしまったらしい。

「あらあら、ごめんなさいね、クロ」
「にぅ〜」



その日の晩。

リスティアータは寝室で、枕元で丸くなって眠るクロを撫でながら、待っていた。

それから間もなく、

「リスティアータ様」

スッと影から抜け出るように、カンタビレが現れた。

「ノエルは大丈夫かしら?」
「はい。睡眠薬を嗅がされはしましたが、怪我もなく、今は神託の盾本部の一室に軟禁されています」
「そう、良かったわ…」
「ルーク達は身柄を拘束され、先程バチカルに…」
「…そう」

ノエルの無事を聞いてホッとした反面、ルーク達の事については眉を下げたリスティアータに、カンタビレはさらに言った。

「それから、リスティアータ様の『警備』ですが、『それなりに』されるようになったようです」
「あらあら、困ったわねぇ」

忌々しげに言ったのを聞いて、のほほんと言ったリスティアータはある意味凄いのだろう。

ルーク達だったら怯えている。

と、それはさて置き。

それまでされていなかった『警備』を『それなりに』されると言うことは、なかなかに厳重なようだとリスティアータは理解した。

そもそも、それまでの警備の手薄さが異常なのだが、リスティアータからの『言葉』という事で、教団側はそれを尊重してきた。

時は当時の導師エベノスに、『秘預言』について聞いた直後だった。

正直、その時の事をリスティアータはあまり覚えていないが、再び力の制御が出来なくなり、ノイローゼのような状態になったある日、慌てる世話役に言ったのだそうだ。

「私に守り手など必要ない」、と。

よく教団側が了解したものだとは思うが、思い当たる理由は2つ。

ひとつは『リスティアータの言葉』を『リスティアータの預言』として解釈した者が多かった事。

ひとつは、乳児の時から言われるがまま、反抗もなく軟禁生活を送る事で、『リスティアータは逃げ出さない』という安心感を教団側に与えていた事。

結局の所、『警備』と言いつつも内容は脱走させない為の『監視』なのだ。

試しに1ヶ月毎に警備を緩和していき、逃げる素振りがないので更に緩和して1ヶ月、更に緩和して1ヶ月、と、その繰り返し。

教団側はさぞかし安心していた事だろうが、しかし、それは此度のリスティアータの脱走で完全に覆された。

そして気づく。

『警備』をしていない状況の異常さに。

無論、その異常さに気づいていた者はいた。

それはカンタビレであったり、イオン(この場合は被験者である)であったり、そしてーーーーーーーーーー…ヴァン達であったり。

しかし、誰も言わなかった。

理由は各々様々にあっただろうが、それを言う者がないままにリスティアータはあの日、イオン達と共に難なく…一応難なく、脱走出来たのだ。

しかし、とカンタビレは思う。

『鳥籠』に戻された今、その時のような静かな脱走など難しいだろう、と。

一度逃げた小鳥を何度も逃がす程、世界は優しくない。

自分1人ならば簡単だ。

実際ここまで来るのは難しくなく、カンタビレにとっては所詮『それなり』の警備だった。

しかし、リスティアータは違う。

無理だ。

絶対見つかる。

断言できる。

良くも悪くものんびりさんなリスティアータを再び『鳥籠』から連れ出す方法を考えている(そう言いつつも大体は決まっているのだが)カンタビレに、リスティアータはにっこり微笑んだ。

「カンタビレ、今日はお泊まり会しましょう?」
「………………はい?」




執筆 20110331




あとがき

軽くネタバラし?
リスティアータに『警備』がなかった理由でした。(__)

詳しく書きませんでしたが、リスティアータが実際に言った語調は相当厳しかったと思われます。

イライライライラ…パーン☆で八つ当たりで世話役慌てて上に報告、みたいな?

それにしても『お泊まり会』…懐かしい響きです。

思考経路としては、
夜遅い→夜→睡眠→カンタビレも眠る→今から宿に行くのも大変→泊まっていけばいい→お泊まり会!
とかいう感じ(笑)

あれ?
微妙に漂わせたシリアスが無い…orz

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