Metempsychosis
in Tales of the Abyss

022

帝都グランコクマは今日も快晴だ。預言も晴れと詠まれているのだろう。
そんなグランコクマのマルクト帝国軍第三師団師団長の執務室にて、部屋の主であるジェイド・カーティスは、黙々と机に山積みにされた書類を片付けていた。その中に何故か複数紛れている宛先違いの書類を端に除けつつ、また新たな書類の処理に取り掛かる。
その時、前触れもなく奴は現れた。

「よ!」

軽い挨拶以下の声掛けだけを口にして、小脇に抱えた一匹のブウサギ(目が赤い…ジェイドか…嫌な予感しかしない)とずかずかと部屋に入ってきた男・ピオニーは、据えられている応接用のソファにどっかりと腰掛ける。…コレがマルクト帝国の皇帝なのだと思うと頭が痛い。

「…陛下ー、執務はどうされたんですー?」
「サボってるに決まってんだろー?」

ジェイドが口の端を吊り上げてにぃっこり笑顔を作って尋ねれば、満面の笑顔でにーっこりとピオニーが応えた。語弊はありつつも二人が見つめ合う事暫し。ジェイドはやれやれと肩を竦めながら嘆息する。

「私の所に何故か陛下行きの書類が多数紛れていて多大な迷惑を被っているんですが?」
「よーし、ジェイドー。一緒に遊ぼーなぁー」

ジェイド(人間)の嫌味なんて何のその、ピオニーはジェイド(ブウサギ)をよっしゃよっしゃと愛でる愛でる愛でて愛でて愛―で―ま―く―る―。

「ジェイドは本当に可愛いなー」

そう言ってジェイド(ブウサギ)の顔中にキスの雨を降らせ始める。当然、嫌がらせである。これを嫌がらせと言わずなんと言おう。
ジェイド(人間)は頬がヒクリと引き攣るのを感じた。殺意が湧くのは当然だろう。非なんて無い筈だ。絶対無い。
さぁ、この男…どうしてくれようか、と思考を巡らせ始めた時だった。
慌ただしいノックもそこそこに、こちらの返事も待たずに扉が開かれたのは。

ジェイドは僅かに眉を顰める。今度は何の騒ぎかと。しかし、新たな乱入者がアスラン・フリングスと解ると、別の意味で眉を顰めた。
それはピオニーも同様だった。返事も待たずに入室するなど、彼らしくない行動だ。僅かではあるが息も上がり、かなり焦っているように見える。それ程の緊急事態でも起こったのか。

「失礼します!こちらにピオニー陛下は、」
「おーぅ、アスラン。どうかしたのか?」

焦る彼を落ち着かせようとしてか、暢気に手を上げてピオニーが応える。アスランはすぐに近寄って手にしていた白い封筒を差し出した。…効果は無かったようだ。

「門前にてローレライ教団のカンタビレと名乗る方が、この手紙を陛下に至急読んで頂きたいと」


「ローレライ教団から手紙?俺に?」

手紙を受け取って、ピオニーは訝しげに眉を寄せた。
ローレライ教団からの、という点もそうだが、手紙というのが引っ掛かった。正規のやり取りであれば、使者をたてて書状を送る筈なのだから。
一応受け取ったそれは、見れば見るほどただの手紙。不可思議なのは、何処にも宛名が無いことぐらいだろう。

「・・・・・」

開けてみないと始まらない、とピオニーが無造作に封を開ければ、中身は折り畳まれた数枚の便箋と、別の手紙が一通。
手紙の方は表にも裏にも宛名は無く、ピオニーは先に便箋を開いて読み始めた。訝しげだったその表情は、一枚、また一枚と読むにつれて真剣なものへと変化していった。

1枚目に書かれていたのは、丁寧な挨拶と、名乗らない事や突然手紙を送った事への詫び。
2枚目には、【預言】ではない【預言】と、幾つかの【願い】が書かれていた。
そして最後の便箋に目を通す。

「・・・・・」

読み終えて、もう一通の手紙を手にして見つめる。考えるのはひとつ。
信じるか、否か。

「…アスラン、そのカンタビレって奴は今何処にいる?」
「軍部の一室に案内して待たせています」
「今すぐ会う。ジェイド、お前も来い」
「構いませんが、どうしたと言うんです?」

訝しげに眉を寄せていたジェイドに、無言で最後の便箋をペラリと見せる。読めば解ると示されるがままに手紙の内容に目を走らせたジェイドとアスランは、内容を読むに連れてピオニーと同じく顔を引き締めた。

「…これは」
「手配をしますか?」
「ああ。頼んだぜ、アスラン。ジェイドも行くぞ」
「…解りました」

執務室を出て、廊下を少し足早に進む。後ろに続いて歩くジェイドが言った。

「…暗殺の類かもしれませんよ?」
「平気だろー?お前もいるんだしな」
「…はぁぁ」

冷静な忠告にもピオニーはケロッとした様子で答える。油断している訳では無いが、本心からそう思っていた。そんな様子にこれ見よがしに深い深ーい溜め息を吐くジェイドは、まるっと無視をした。


夕刻になって、漸く自らの執務室に戻ったピオニーは、一人掛けのソファにどっかりと腰を落とし、深い溜め息を吐いた。

「────…【リスティアータ】、か」

ポツリと呟かれた【名】は、思いの外執務室に響き、扉を閉じていたジェイドの耳にもしっかり届いた。

「【リスティアータ】と言えば、ローレライ教団の最重要機密事項のひとつだった筈です。預言を宿している事以外、何一つ公表されていません。まぁ…あの手紙が真実【リスティアータ】が書いた物であったならば、【リスティアータ】は【文字の書ける生物】で、【性別は女】である事が推測出来る訳ですが…」

ずれてもいない眼鏡を押し上げて手の内にある情報を淡々と整理したジェイドは、見定めるような視線をピオニーに向けた。ぐでぇっとソファに身を沈ませながらも、その視線は机上に無造作に置かれた手紙に注がれている。

「───…信じるおつもりですか?」
「八割方な。お前もそうだろう?」
「さぁ?どうでしょうねぇ?」

あっさりと答えたピオニーに、ジェイドはわざとらしく肩を竦めて惚けて見せる。そんな彼をふんっと鼻で笑い、ピオニーは未開封の手紙を見る。

自分にとって、マルクト帝国にとって、最も重要な内容は間違い無く2枚目の便箋だ。リスティアータが手紙で伝えたかったのもそれだろう。
しかし…と、ピオニーは思う。
リスティアータの…いや、【彼女自身】の、本当の願いは…─────

「────…ジェイド」

確固たる意志の籠もった声に、ジェイドは諦めたように嘆息する。

「宜しいのですか?」
「ああ。ローレライ教団に連絡を。詳細については、お前に任せる」
「こうなっては仕方がありませんしね。分かりました」

簡単な礼をしてジェイドが執務室を出て行くのを見送る。ひとりになった室内で、ピオニーは一枚の便箋を手に取った。ジェイド達にも見せた、最後の便箋だ。
その最後の一文には、

『────…もし、もし、カンタビレが一命を取り留めることが叶った時には、同封した手紙を渡して下さい』

そう、書かれていた。
しかし、手紙は今尚ここに、ピオニーのもとに…ある。

ピオニーは再び深い溜め息を吐いて、目を閉じる。
激動の時代が、始まろうとしていた。


────…ローレライ教団にカンタビレ死亡の連絡が届いたのは、それから一週間後の事だった。


再執筆 20080801
加筆修正 20160505

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