Metempsychosis
in Tales of the Abyss

開戦、ビナー戦争

それから暫くして外殻へと戻った一行がエンゲーブへ向かう最中に見たものは、広大なルグニカ平野を所狭しと埋め尽くす、戦争の姿。

「どうして…!どうして戦いが始まっているのです!?」
「これは…まずい。下手をすると両軍が全滅しますよ」

目の前で着々と消えて逝く人々に、ナタリアは青醒めたが、今はそれを凌駕する事態にある。

今戦争をしている場所は、まさにこれから崩落しようとしているルグニカ平野なのだから。

「これが…兄さんの狙いだったんだわ…」
「どういうことだ?」
「兄は外殻の人間を消滅させようとしていたわ。預言でルグニカ平野での戦いを知っていた兄なら…」
「シュレーの丘のツリーを無くし、戦場の両軍を崩落させる…。確かに効率のいい殺し方です」

そう言ったジェイドの言葉には、いっそ感嘆するとでも言ったような響きが多分に含まれている。

あまりにも緻密で、あまりにも捻曲がった計画。

それが真の目的は解らない中での、ジェイドの印象だった。

「冗談じゃねぇっ!どんな理由があるのか知らねぇけど、師匠のやってる事はむちゃくちゃだ!」

そう言ったルークに頷いて、ナタリアは停戦をさせる為にカイツールへ行くと言い出したのだが、補給の重要拠点と考えられている筈のエンゲーブもまた、セントビナーを失った今あまりに無防備という事で、結局二手に分ける事になった。

カイツールへはナタリアを筆頭に、ガイ、アニス、イオンが行き、エンゲーブへはジェイドを筆頭に、ルーク、ティア、そしてリスティアータとカンタビレが行くと決定する。

因みにミュウはルークと、クロはリスティアータとセット扱いである。

一行は先にナタリア達を送り届けるべく、カイツールへと向かった。



到着したエンゲーブは、明らかに浮き足立っていた。
すぐ近くで戦争をしているのだから当然だろう。

到着するなりローズ夫人の家へと急いだルーク達は、折りよく家にいたローズ夫人に事情を話す。

「……なら、徒歩でケセドニアへ逃げますよ。壊れていた橋の修復はとっくに終わってますから、移動も出来ますし」

長く続く緊張状態に疲れを隠せないローズ夫人も、アクゼリュスやセントビナーのようにエンゲーブも崩落すると聞けば、覚悟を決めたようだ。

「なあ、アルビオールはノエルに任せて、俺達も徒歩組みを護衛しようぜ」
「ルーク…。そうですね。ただ私達だけでは心許ないので、ここの駐留軍に話をつけてきます。せめて我々の後方を、一個小隊が護ってくれれば…」

そう言いながらローズ夫人の家を出てから暫く、ジェイドは素晴らしい似非笑顔で戻ってきた。

一個小隊を借りられたのは良いが、一体どんな手を使ったのかを想像し、ルークとティアは若干引いた。



そうと決まればと、ローズ夫人は村の人々を集めて説明を行った。

ただ、不要な混乱は避けるべきという事で、崩落については伏せて。

説明を終え、大きな混乱や不満がなく済んだのはローズ夫人の人徳以外の何物でもないだろう。

それから、1人も取り残されるような事が内容に、本来は別の使用目的だったであろう住民の名簿を手に、分担して確認している時だった。

「ミリアム!あんたはそっちじゃないよ!」
「ローズさん、私は歩きで行くから、」
「何言ってんだい!」

と、そんな口論が聞こえて、リスティアータはそちらを向くと、ローズ夫人が何故か徒歩組の隊列に並ぶ女性をアルビオールで移動する組へと引っ張って行こうとしている。

「あら、どうかしたんですか?」
「ああ、いえ、ミリアムが徒歩で行くって言って聞かないもんでねぇ」
「私はアクゼリュスで旦那も子供もなくしているから、」
「!」
「あ、勿論死ぬつもりはありませんけど、私の分を他の人を運ぶのに使って欲しいだけなんです」

それを聞いて呆れるローズ夫人の隣で、リスティアータは呆然としていた。

アクゼリュスで夫を亡くしたという人は何人も居るだろう。

しかし、リスティアータの知る限り、息子までとなれば、心当たりがあった。

「あの、突然何をと思われるかも知れませんが、亡くされたご家族のお名前は?」

そう訊いたリスティアータに、ミリアムと呼ばれた女性は不思議そうにしながらも、答えてくれた。

「え?あ、はい。名前は…」

夫がパイロープで、息子がジョンである、と。

その名前を、リスティアータが忘れる訳もない。

しかし、とリスティアータは悩んだ。

彼女の宝物だろうジョンは、ケテルブルクにて難民として保護されている。

だが、彼女の夫は、パイロープは…

「…ミリアムさん」
「何でしょうか?」
「…私は…私も、アクゼリュスに居ました」
「!!」
「パイロープさんにも、お会いしました」
「うちの、人に…?」

酷な事実を言うか否か、迷った末、リスティアータは、

「私の友人達が、最期を看取ったと…」
「…っ、」
「ミリアム!」

事実を、告げる事を選んだ。

それを訊いたミリアムが、今までどこかで期待していた小さな奇跡を真っ向から打ち消され、膝をつく。

そんなミリアムを支えながら、こんな時に言う事ではないだろうと、ローズ夫人が思わずリスティアータを睨んだ。

「ジョンくんにも、会いました」
「…っ!」

ミリアムが聞きたくないと耳を塞ごうとするのを、リスティアータは彼女の両手を握る事で遮って、

「今、ケテルブルクで、あなたと会える日を、心待ちにしてますよ」

小さな恩人の生を、知らせた。




執筆 20110220




あとがき

突き落としといて一気に浮かせるという高等テクニックを披露しましたフィエラさんにとって、ジョン少年は心の恩人です。

勿論ミリアムさんにはアルビオール組に移動して頂きました。

プラウザバックでお戻り下さい。

Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -