Metempsychosis
in Tales of the Abyss

021

『与えられた任務』の為にダアトを出て数日。
カンタビレはひとり、マルクト帝国の首都グランコクマに足を踏み入れた。
水の都の呼び名に相応しい優雅な様を目に留める時も惜しく、休む事無く街中を進み続け、ローレライ教会とは全く違う壮観な建物を視界に入れてようやくひとつ息を吐く。あと、少し、と思うように動かない脚を叱咤して門番に近付いた。

「ローレライ教団神託の盾騎士団第六師団師団長カンタビレと言う者だ。ピオニー陛下へ至急の、謁見を申し入れる」

無茶を承知で言う。
唐突な申し入れに、年若い門番は兜の下であからさまに顔を顰めた。

「ダアトの使者とて規律は守ってもらわねば困ります。正規の手順を践んだ上、出直して下さい」
「その時間が、ない。陛下が無理ならば将軍職に、ある者を」
「しつこいぞ。正規の手順を践めと言っているだろう!」
「っ…だから、」

新人らしく全く融通の利かない門番に、カンタビレの態度も自然と尖る。この糞餓鬼っ、そんな時間は無いっつってんだろうがっ!
焦りと苛立ちそのままにぶん殴りたい気持ちを抑え、その場で押し問答をしていれば、何だ何だと他の兵も集まり始める。限界が近づいていた。
その時、

「何事だ?」
「フ、フリングス将軍!」
「じ、実は…」

門前での騒ぎを見咎めて近付いてきた男に、兵達は慌てて敬礼し、騒ぎの説明を始めるのを他所に、カンタビレは気を抜けばふらつく体を押さえた。

あまり、時間がないな…。

歯を噛み締めてフリングスと呼ばれた男を見る。将軍、と呼ばれたからには、群がった兵士達よりは皇帝に近い筈だ。

この男に賭けるしかないか…。

カンタビレがそう思うのと、話を聞き終えたフリングスがこちらに向き直るのは同時だった。

「部下が失礼を致しました。自分はアスラン・フリングスと申します。カンタビレ殿、至急の謁見をご希望なのは解りました。しかし、せめてご要件をお話頂けませんか?」

兵士達とは打って変わった真摯な対応に、カンタビレは思った。この男ならば、大丈夫だ、と。

「──…この、手紙を」

懐から出した白い封筒を受け取ったフリングスは、先を促す視線をカンタビレに向ける。

「…至急、皇帝陛下に拝見願いたい。出来るならば、その返答も…」

隻眼でフリングスを真っ直ぐに見つめる。
目を逸らす事はしない。する訳にはいかない。

「──…解りました。今から私が責任を持って陛下に届けます。軍部に部屋を用意させますので、そこでお待ち頂けますか?」

その返答に、カンタビレはほっと息を吐いた。

「ああ…感謝するよ」


アスラン・フリングスは軍部の廊下を走っていた。
擦れ違う人々が何事かと振り返る。日頃から穏やかな人柄で知られる彼としては、とても珍しい事だったからだ。しかし、当人にはそれを気にする余裕も無く、一通の白い封筒を持つ手に思わず力が入り、僅かに皺が寄る。

マルクト帝国皇帝の執務室は、勿論宮殿内にある。当たり前だ。しかし、そこに向かおうとは塵ほども思わなかった。そもそもアスランがあの場所を通り掛かったのは、執務室から脱走した皇帝を捜していたからに他ならなかったのだから。
フリングスの目指す所は、マルクト帝国軍部の、とある師団長の執務室。

急げ、と思うのは、何故なのだろう。解らない。しかし、無性に背筋がざわめく。

とにかく早く、この手紙を陛下に。

そうして第三師団師団長の執務室に辿り着いた時、慌てる余りにノックもそこそこに返事も待たずに扉を開けた。

「失礼します!こちらにピオニー陛下は、」
「おーぅ、アスラン。どうかしたのか?」

部屋の中に目的の人物を見つけるより早く、捜し求めた相手の方が暢気に声を上げる。がっくりと力が抜けそうになる。そんな自分を叱咤して、アスランは執務室に据えられたソファの上でブウサギを愛でているピオニーに駆け寄り手にしていた白い封筒を差し出した。

「門前にてローレライ教団のカンタビレと名乗る方が、この手紙を陛下に至急読んで頂きたいと」
「ローレライ教団から手紙?俺に?」

やけに慌てた様子のアスランに、ピオニーも、執務机で書類と向かい合っていた執務室の主であるジェイド・カーティスも目を細める。露骨に怪訝な顔をしながらも手紙を受け取ったピオニーがビリビリと無造作に封を開けると、中には綺麗に折り畳まれた数枚の便箋と、別の手紙が入っていた。それをぺらりと裏返すも、宛名等は書かれていない。

「・・・・・」

先に便箋の方を読む事にしたピオニーの表情は、一枚一枚読むにつれて不審感から真剣なものへと変化していった。それにアスラン達の緊迫も同時に高まる。
読み終えて、別の手紙を手にして見つめること数秒。

「…アスラン、そのカンタビレって奴は今何処にいる?」
「軍部の一室に案内して待たせています」
「今すぐ会う。ジェイド、お前も来い」
「構いませんが、どうしたと言うんです?」

訝しげに眉を寄せていたジェイドが訊けば、ピオニーは無言で一枚の便箋をペラリと見せる。読めば解ると示されるがままに手紙の内容に目を走らせたジェイドとアスランは、内容を読むに連れてピオニーと同じく顔を引き締めた。

「…これは」
「手配をしますか?」
「ああ。頼んだぜ、アスラン。ジェイドも行くぞ」
「…解りました」


カンタビレが案内された部屋で待つ事暫し、そいつは突然やって来た。

「よう。あんたがあの手紙を持ってきたカンタビレか?」

ばーん!と扉を開け放って開口一番そう宣った男に、カンタビレは眉を顰める。
カンタビレの渡した手紙を手にしていて、軍服ではない事などから男についての想像はつくが、まさかコレが?と思わずにはいられない。
その所為か、敬語を使おうとは思わずに済んだ。

「…あぁ。手紙は、読んで貰えたようだね?」
「信じ難い内容だったがな。まず訊きたいんだが、この手紙の差出人は………誰だ?」

不敬と咎めるでもなく、部下をひとり連れただけで部屋にずかずかと踏み入って、どっかりと対面に座った男の隙だらけな口調と態度。
しかし、それに反して双眸は鋭く、油断なくカンタビレを見ていた。それは部下も同様に。

なるほど、とカンタビレはリスティアータの言葉を思い出す。

『差出人を訊かれたら、教えて構いません。ピオニー陛下は…聡明な方だから』

そう予め言われていなければ、知られないに越したことはない筈だと、自分は頑なに口を割らなかっただろう。その考えには、今も違いはないけれど。出来ることなら、言わずに済ませたかったけれど。
しかし、もう、時間が無い。

「──…ダアトに御座す、リスティアータ様から、だ」
「リスティアータ?リスティアータって…あの【預言を宿している】とか言う、」

名を口にするのでさえも丁寧に、大切に言ったカンタビレから出た名に、ピオニーは微妙な表情をした。反応に困ったとも言える。リスティアータという名を聞いた事は勿論あるし、【預言を宿している】者だとも知っているが、と。
しかし、その様子はカンタビレの逆鱗に触れたらしい。ダンッと拳をテーブルに叩きつけ、射殺さんばかりにピオニーを睨み付けた。

「っ、リスティアータ様を、気安く呼び捨てに、しないで貰い、たいねっ!」
「お、おぉ…すまん…」

ピオニーは思わず謝っていた。
本来であれば、皇帝が易々と謝罪するなんてと咎められるような事だ。今更であるが。カンタビレの目はそれ程までに真剣だった。

「…っ…それで、返答、は?」

息を詰めて返事を迫るカンタビレに、ピオニーはユルい態度を引き締める。

「……総てを鵜呑みには出来ない。しかし…そうならない為の努力は、惜しまないと約束しよう」

ピオニーから、いや、マルクト帝国皇帝から得られた返答に、カンタビレはふっと顔を綻ばせた。

「そうかい…。あたしは、あの方の期待を…裏切らずに…済みそう、だ…」

用は済んだ。
退室する為に椅子からフラリと立ち上がったカンタビレが最後に見たものは、門前で会ったフリングスと名乗った男が、譜術士と思しき数人の兵士を連れて部屋に入ってきた所で。

あぁ、

「──…約束…守れそうに…ないねぇ…」

『──…命が危なくなったら、手紙は捨てて逃げて下さい。手紙は、所詮紙切れ。でも貴女の命に、貴女に、代わりは居ないんですから。そのふたつを同じ天秤に乗せないで下さいね、カンタビレ』

「──……リスティアータ…さ、ま…」

『必ず生きて、また逢いましょう。…約束よ?』


─────…パリンッ

陶器の割れる音に、ハッと息を呑んだ。
意識して詰めた息を吐き出して、振り返る。

「…どうしましたか?」
「も、申し訳御座いません、リスティアータ様!ティーカップを落としてしまいまして…」

随分と恐縮した様子で謝る世話役の返事に、意識して穏やかな笑みを浮かべる。

「そう、ですか…。貴女に怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です。本当に申し訳御座いません!すぐに片付けますので」

世話役は慌ただしく部屋を出て行った。
ひとりになった室内で、自らの手で手を握り締める。まるで祈るように。信じる神なんていないけれど、それでも。

「…どうか無事で…カンタビレ…」


再執筆 20080730
加筆修正 20160505

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