逆鱗に、触れる
暫くぶりに見た馬鹿は相も変わらず馬鹿だった。
セントビナーの門前でガショガショ暴れる不細工悪趣味譜業と戦うルーク達を、避難させたリスティアータと物陰から眺めつつ、カンタビレはそんな事を思った。
ふと、自分がいつでも盾となれるように(そう言えば彼女はメッと怒るのだが)やや後ろに立たせたリスティアータを見ると、ただじっと、『彼等』を見つめる彼女がいる。
笑顔は無いが、無表情でもない。
ただただ真っ直ぐに、『彼等』を見ているリスティアータが、何を思っているのかは解らないが…、きっと、彼女が動く事はないのだろうと、カンタビレは思った。
ただの勘でしかないが。
と、ジェイドの放った譜術スプラッシュにより不細工悪趣味譜業を破壊されたディストはキーキー喚きながらお空の彼方へと飛んでいった。
今の今まで人々を虫けらと称して襲っていた者とは思えない、馬鹿に似合いの実に間抜けた退場だと、カンタビレはあっさりと笑った。
ディストの襲撃を退けはしたが、破壊された譜業の爆発の影響はただでさえ脆くなっていた地面には大きかったのだろう。
門前に入った一筋のヒビは、街をくり抜くかのようにあっという間に広がった。
パズルのピースがポロッと落ちるかのように、街だけがごっそりとくり抜かれて沈んでいく。
ルーク達はアクゼリュスの悲劇を思い出し、青褪めた。
(今度は、今度こそは、助けられると、そう思っていたのに…!)
と、ある程度の深さまで落ちた所でセントビナーが止まった。
止まったとは言っても、立っているのがやっとな程の地震は続いているのだが。
それを機に、ルーク達は最早届かない幅にまで広がった地割れの際まで駆け寄った。
そうして見た街中に、マクガヴァン親子を始めとした住民が、ざっと見ただけでも100人は残されている。
「くそっ!マクガヴァンさんたちが!」
「待って、ルーク!それなら私が飛び降りて譜歌を詠えば…!」
焦りも露わなルークを落ち着かせるように案を出したティアだったが、それはいくら何でも無謀な案だった。
「待ちなさい。まだ相当数の住人が取り残されています。あなたの譜歌で全員を護るのは流石に難しい。確実な方法を考えましょう」
今の状況にあっても尚冷静を保つジェイドの言葉に、2人してハッと我に返り、気を引き締める。
ジェイドはそんな2人からセントビナーへと視線を向けた。
「わしらの事は気にするなーっ!それより街のみんなを頼むぞーっ!」
気丈なマクガヴァンの言葉が届くが、それが出来るルーク達ではない。
「くそっ!どうにかできないのか!」
そう叫ぶように言ったルークが悔しそうに拳を握り締めた。
と、
「ジェイド」
「却下です」
こんな時でも柔らかい声がジェイドを呼んだ。
案の定動き出したその声の主に、ジェイドは眼鏡を押し上げつつ一瞬だけ眉を顰め、向き合いもせず、聞きもせずに即行で却下した。
聞くまでもなく、彼女…リスティアータの言いそうな事など解る。
「でも」
「却下です」
「あの」
「却下です」
「でもね」
「却下です」
「ジェイド」
「却下です」
しかし、やはりと言うか、リスティアータはしつこかった。
2回3回4回5回と続く却下には取り付く島もないのに、何度も何度も食い下がる。
ジェイドにここまでスッパリ話を却下されながらも話続ける『珍種』なんて、今まではピオニーぐらいなもの。
前から分かっていた事ではあるが、改めて彼女は『珍種』だと実感するジェイドだった。
一方でルーク達は話について来れずに様子を窺っている。
というか、ジェイドが怖くて口も出せないでいた。
と、
「大丈夫だから」
やんわりと、柔らかく、宥めるようにリスティアータが言った言葉に、ジェイドの思考が止まった。
一気に凍りついたジェイドの雰囲気を敏感に察知して、ルーク達は目を見張った。
一体何がジェイドの逆鱗に触れたのか?
大丈夫だなんて、彼女はよく使うのに…、と。
と、徐にカンタビレと並んで立っていたリスティアータに歩み寄ったジェイドがその手を掴んで引き上げると、力が強すぎて痛かったのだろう、リスティアータが顔を歪めた。
そうして露わになった手と、袖から覗く腕には、痛々しくしか映らない傷跡が見えて、
「何がどう大丈夫だというんです?こんな傷を負っておきながら!」
声を荒げてはいない、が、常よりずっと低く響く声が、ジェイドの怒りがどれ程激しいのかを伝えていた。
執筆 20100718
プラウザバックでお戻り下さい。