Metempsychosis
in Tales of the Abyss

親しげな初対面

「よぉ」
「あら、こんにちは」

フリングスに案内されて通された部屋で、何とも親しげに迎えた相手にリスティアータも笑顔で挨拶を返した。

一見すれば何度も会った事のある知人程度には確実に見えるだろう光景だ。

しかしそれを見ていたジェイドはやれやれと頭を抱えた。

何故なら、マルクト帝国皇帝であるピオニーと、ダアトの至宝リスティアータは、間違いなく初対面なのだから。

「悪いな、いきなり呼び出して」
「いいえ、お気になさらず」

フリングスが退室するのを待って、変わらず親しげに会話する2人のどちらに問題があるかと言えば、まぁまず間違いなく馴れ馴れしい事この上無いピオニーの方なのだろう。

「……陛下」
「んー?」

いくらここが公的な場ではないピオニーの私室(散らかりを極めた奥の部屋ではなく、その前室)といえ、双方の立場を考えてジェイドが諫めるように呼ぶ。

すると、とっても素敵にイイ笑顔を貼り付かせた彼が、絶対解っているくせに小首を傾げて何だと言いた気に振り向いた。

四捨五入すれば40歳の中年男がやっても塵ほども可愛くない。
身も心も。

しかし、ジェイドも負けじとにぃっこりと腹の底からの笑顔を貼り付けて続けた。

「もう少し紳士な振る舞いをお願いします」

常日頃の言動が露ほど塵ほど埃ほども皇帝らしくなくて執務放り出してブウサギ達と戯れつつ執務放り出してジェイドやフリングスの執務室に用もないのにブウサギ持参で遊びに来るという名の邪魔をして執務放り出してしたといても一応本当に一応仮にもマルクト帝国皇帝なんですから。

言外にこれでもかとばかりに込められたジェイドの息継ぎなしの真意を一語一句相違なくピオニーは受け止めた。

「………」
「…………」
「…………………、それでな」

長い、長すぎる笑顔の攻防。

終わりの見えない無駄な闘いだったが、それは意ともたやすく終わりを迎えた。

イイ笑顔のままでピオニーがリスティアータを振り返ったから。

にらめっこに飽きたらしい。

必然的に無視される形になったジェイドの周囲のみ、気温が低下した。

「あ、はい」
「あー、……何から言ったもんかな…」

それまで言おうとしていた事を忘れたのか最初から考えていなかったのか、ケロッと言ったピオニーにリスティアータはきょとりと瞬く。

と、酷く深く重たい溜息をどっぷりと吐いたジェイドが言った。

「自己紹介すらまだな筈ですが」
「んなのは別にいいだろ。一々細かい奴だな」

呆れたように肩を竦めながらも、ピオニーは皇帝然とした顔で改めて名乗った。

「マルクト帝国皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世だ。お会いできて光栄に思う」
「リスティアータと呼ばれています。此方こそ、お会いできて嬉しいです」
(【呼ばれて】…ね)

リスティアータの言葉に、ピオニーの瞳が一瞬鋭く細められる。

それに気づいているだろうに、彼女は変わらず微笑み、ピオニーと握手を交わした。

と、そこでピオニーは漸く気づく。

恐らく傍にいるジェイドは気づいていないだろう。

握った華奢な手は、微かに、しかし確かに震えている。

それは緊張などではない。

これから齎される現実への、恐怖。

知った途端、それまで何処か浮き世離れした、理解し難いとさえ感じていたリスティアータという人物が、ピオニーの中で一気に人間味を定着させた。

穏やかで柔らかな人柄はまず確実に地なのだろうが、少なくとも今、こうして笑顔でいる事は、必死に心を奮い立たせているのだろう。

握っていた手を離し、ピオニーはポケットを探る。

「………まずは預かり物を返そうか」

ピクリと、リスティアータの肩が跳ねた。

それを見て、ジェイドも彼女の恐怖に気づく。

「……は、い」

それまでの穏やかな声音も震え、笑顔もない。

酷く暗い表情の彼女が、立ち竦んでいる。

ピオニーがポケットから取り出したのは、白い封筒。

開封された痕跡のないそれは、多少の劣化は見られながらも、何一つ変わっていない。

差し出されたそれを受け取って、表面を撫でる。

まるで、懐かしむように。

まるで、労うように。

まるで、宥めるように。

さらさらと封筒を撫でるリスティアータは、ふんわりと、穏やかに微笑んだ。

しかし、確かに微笑んでいる筈なのに、ジェイドにもピオニーにも、泣いているようにしか見えない。

と、


「…そういう【大事な物】はな、」


ピオニーの真摯な声に、


「直接渡すもんだ」
「え?」


リスティアータは意味が解らず顔を上げた。

そこにあったのは、快活な、悪戯が成功した少年のような、太陽のような笑顔。

それと同時、ノックもなく皇帝私室の扉が開かれた。

「おら!とっとと入んな!」

声と共に、ブウサギがどたどたと入ってくる。

ピオニーがそれを出迎え、一際毛並みのよいブウサギを抱き締めた。

「ったく、やれやれだよ」

ぶつぶつと文句を言いながら入ってきた人物は、正面にいたジェイドに軽く驚き、その横でブウサギを愛でるピオニーに呆れ、リスティアータを見て、息を呑んだ。

「……リスティアータ様……」

「……カンタビレ……」




執筆 20090612

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