向けられたのは
イオンとナタリア軟禁の報せを受け、ジェイドはアニスに情報収集をするよう指示を出すと、自らもガイが向かった筈のアラミス湧水洞へと向かった。
今回もまた引き続きお留守番要員であるフィエラは、彼等の無事を祈りつつ見送る。
ジェイドとアニスが再びタルタロスへ戻ったのは、それから半日以上が経った頃。
戻ったのは2人だけではなく、合流したガイと無事に救出できたイオンとナタリア、更に、ティアとルークの姿があった。
「あ…」
昇降口を昇った所で、待っていたリスティアータを見つけ、ルークが縫い止められたように動かなくなる。
アッシュを介してではなく、初めて見る漆黒の瞳と目が合って、思わず俯いた視線は唯一晒された両手に向かい、そこに色濃く刻まれた傷痕に、ルークはぎゅっと顔を顰めた。
訪れた沈黙が痛くて、何か言わなくてはと焦る。
伝えたい言葉が、言わなければいけない言葉があった筈なのに、本人を前にした途端に何を言えばいいのかが解らなくなっていた。
「…あの…リスティアータ…俺…っ」
「………」
言い淀む間にリスティアータは間近まで来ていて、ルークはここ数時間ですっかり言い慣れてしまった謝罪の言葉を深く考えずに口にしようとして、飲み込んだ。
正確には、声を出す事も忘れて目を瞬かせた。
「お髪を切ったのね」
彼女がひび割れた白い手で、柔らかく頭を撫でたから。
「とても素敵よ」
以前と少しも変わらぬ微笑みに、沸騰したように両目が熱くなった。
しかし泣く訳にはいかないと、歯を食いしばって耐える。
そして改めて謝罪しようとして、今度ははっきりと止められた。
「ルークが私に謝る理由はないわ」
「でもっ」
「私は総て自分で決めたのだもの。この傷も、ルークの所為ではないわ」
彼女の言葉はとても優しいものではあったけれど、今のルークにとっては酷く残酷でもあった。
一言でもいい。
ごめんなさいと一言言えれば、少しでも、楽になれたのに。
実際リスティアータがそう思ったというだけで、わざとルークを断罪する為にそうした訳では決してないのだが。
ルークは謝罪を吐息にして深く吐き出すと、一呼吸おいて顔を上げた。
今度はしっかりと、リスティアータの顔を見て。
「………ありがとう」
突然の感謝に、今度はリスティアータがきょとりと瞬く。
「アクゼリュスの人達、助けてくれて」
「ルーク…」
「なんて、俺が言えた事じゃないんだけどさ」
そう言って自嘲したルークに、きゅっとリスティアータの眉間に皺が寄った。
と、
「!?」
みょいん、と。
リスティアータはルークの両頬を伸ばす。
なかなかに伸びたそれを無言で引っ張りながら、
「嬉しくないわ」
「ふぇ!?」
「元々貴方の為ではないのだけれど、そんな風に感謝されても嬉しくないわ」
そうむくれたように言った。
リスティアータがパッと手を離すと、欠片も痛くはないものの無意識に頬を撫でながらルークはぽかんと彼女を見る。
やはり欠片も恐くないがムッとした顔をしているリスティアータが、じっと自分を見つめていて…
「あ…」
唐突に気づく。
自分が余計な事を言ったのだと。
逆の立場だとしたら、あんな風に感謝されても、確かに嬉しくはないだろうと。
何より自分が伝えたかった感謝を、自分が台無しにしてどうするのか。
伝えたかったのは、ただただ単純な
「……ありがとう」
--------感謝の言葉。
パタリと今し方出てきた扉を閉じて、ルークはずるずると座り込んだ。
場所はタルタロス内に於いての言わば居住区。
つまり、アクゼリュスの人達がいる場所。
アッシュを介してそれを知っていたルークはたった一人、一部屋一部屋頭を下げて廻っていた。
そして今、全ての部屋を廻り終えた所で、力尽きたように座り込んでしまったのだ。
ある程度の事実はリスティアータ達から説明されていたようで、ルークが考えていたよりずっと温かく迎えられ、正直驚いた。
当然、総ての人がではない。
強烈な、憎悪の眼差しを向ける人も、もちろんいた。
それはルークにとって覚悟していた事で、辛くもあったけれど、受け止めようと踏ん張る事が出来る。
しかし、最後の部屋で謝罪して、部屋を出ようとした時に一人の若い男に声を掛けられた。
「覚えてないかも知れねぇが、あんたはうちの父さんを一緒に広場へ運んでくれたんだ」
「あ…」
「ありがとなぁ」
きっと亡くしてしまったのだろうに、
自分の所為で、死なせてしまったのだろうに、
くしゃくしゃな顔で言われた言葉に、
ルークは呆然と頷くしかなかった。
執筆 20090517
あとがき
覚悟していた憎悪より、予期していない感謝の方が、きっと衝撃的。
更に今のルークは感謝を向ける事は出来ても、受ける事は難しいんだろうと思う。
慣れていないとかそんなんじゃなく、無意識に『感謝されちゃいけない』と思っているのかも知れませんね。
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