Metempsychosis
in Tales of the Abyss

導師詔勅

「あまり無理をしてはだめよ?」

到着したダアト港に降り立って、心配そうに眉を下げてアッシュの頬を撫でたリスティアータに、彼は安心させるように笑みを浮かべて頷いた。

それを傍目で見ていた面々(特にアニス)が諸々の衝撃に固まっているのを露知らず、リスティアータは手を振って彼を見送る。

次いでアニスがイオンとダアトに戻ろうと言い、リスティアータもと彼女を振り仰いだ時だった。

「おい、聞いたか?キムラスカが開戦準備を始めたって話」

開戦準備------その聞き逃せない言葉に、真っ先に反応したのはナタリアだ。

「その話は本当ですの!?」

自国の名が出た事もあるが、何より国王である父の判断に驚いていた。

その鬼気迫る表情に驚きつつも、相手は頷いて続けた。

「あ、あぁ…何でもアクゼリュスでキムラスカの王族が死んだんだと…」
「!!」

サッと青褪めたナタリアに、相手が気まずそうに去っていく。

「お父様、どうして……!」
「国王は崩落の真実を知りません。貴女達の死を開戦理由にするつもりなのでしょう」
「そんな!」
「ナタリア、落ち着いて下さい」

ジェイドの言葉に更に青褪めたナタリアを、イオンが宥める。

「まだ戦争が始まった訳じゃありません。ダアトに戻って導師詔勅を発令すれば、きっと止められます」
「それしかありませんね。ナタリア、貴女も一緒に行った方がいい」
「、はい。お願いしますわ、導師イオン」

導師詔勅----それはローレライ教団の最高位である導師イオンの意志を記したもの。

それが発せられれば、例えそれが国王であろうとも無視する事は出来ない。

言わば切り札とも言える行為なので、今のような緊急時にしか使われないが、効果は絶大だ。

それを聞いていくらか落ち着きを取り戻したナタリアが、震える手を握りながら頷く。

「大佐はどうするんですか?」
「タルタロスの整備をします。私も早くマルクトへ行かなければなりませんから」
「分かりました。では、行きましょう」
「いってらっしゃい」

ナタリアとイオンに続いて歩き出したアニスは、振り返って首を傾げた。

「はぇ?」

間抜けな声を上げたアニスに罪はないだろう。

当然、リスティアータも共に来るものと、アニスのみならず全員が思っていたのだから。なのに、今、彼女は手を振っている。

ダアトへ向かうイオン達に向けて。

「リスティアータ様?」
「あら、何かしら?」
「何って、行かないんですか?」
「ええ」

おずおずと訊いたアニスに、リスティアータはにっこり笑顔で頷いた。

「な、何でですかぁ!?」
「あら、導師詔勅に私は必要ないし、2人も守りながら行くのは大変でしょう?」
「そ、それは」

アニスは予想外にまともな理由を返された気分になった。

平時の言動が微妙にズレている印象が強い所為かもしれない。

グッと言葉に詰まったアニスに微笑んで、彼女は更に言った。

「私もマルクトにご用があるの。それに……」

リスティアータはふと口を閉ざした。

そして何かを考えるように目を俯ける。

急に黙った彼女を訝しんで名を呼んだアニスの声に、すぐに我に返った。

「何でもないわ。時間がないのでしょう?気をつけて行ってらっしゃい」

追い討ちを掛けられたアニスが渋々頷く。

確かに一刻も無駄に出来ない今、時間の事を言われては何も言えまい。

その問答こそが無駄となるのだから。



イオンとナタリアがモースに軟禁された。

トクナガをかっ飛ばしてタルタロスに飛び込んできたアニスがそれを伝えたのは、見送りをした僅か4時間後の事だった。




執筆 20090513

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