Metempsychosis
in Tales of the Abyss

【彼】は【誰】?

タルタロスは現在、一路ダアト港に向かって移動していた。

ベルケンド、ワイヨン鏡窟と廻り、粗方の情報は入手出来たとアッシュが判断したからだ。

因みにその間、フィエラは大人しく留守番していた。

セントビナー周辺が崩落の危機にあるという事も明らかになり、ダアト港まで送り終えたらアッシュは別行動となる、そんな折。

「貴女は、【誰】を見ているの?」
「え?」

リスティアータの怪我の具合を確かめに来たナタリアは、前触れもなくリスティアータに問われ、意味も分からず目を瞬かせた。

「【誰】とは、一体誰の事を言ってますの?」
「…あの子、アッシュの事なのだけれど」

途端、ナタリアは微かに唇を引き締める。

ユリアシティからこっち、ナタリアはリスティアータに苦手意識を持っていた。

それは、アッシュから確かな親愛の情を示されている彼女への、

自分のいない7年もの月日を共にしてきた彼女への、

自分の知らない【ルーク】を知っている彼女への、

子供じみた-------嫉妬。

ナタリア自身、その事にはまだ気づいていないけれど。

と、リスティアータは再度問うた。

「貴女は、あの子を【誰】だと思うの?」

ナタリアはすぐに答えた。

「彼は【ルーク】ですわ」
「……そうね」

絶対に、という意味の篭もった返事にひとつ頷き、リスティアータは「でもね」と続ける。

「今のあの子は、【ルークだけ】ではないわ」
「……仰る意味が、解りませんわ」
「あの子は確かに【ルークだった】。そして、今は【アッシュ】。7年の年月が過ぎても、変わらないものは確かにある」

それは、【ルーク】がナタリアやガイと共に過ごした記憶であり、時間。

しかし、「でもね」とリスティアータは言った。

「今のあの子は、【それだけ】の人間ではないの」
「!!」

ナタリアは息を呑んだ。

今まで敢えて目を逸らしてきた事実だったから。

ナタリアは共有出来る記憶だけに縋り、【アッシュ】を【ルーク】とする事で、彼を【繋ぎ留め】ようとしていた。

それを自覚しながらも、ずっと気付かないフリをしてきた。

それを面と向かい突きつけられて、言葉が胸に突き刺さる。

「貴女の知らない7年もの年月も、【あの子】を形作るものだわ」
「何を、仰りたいんですの……?」

声が、震える。

今にも荒げそうな声を抑えているからなのか、事実を突きつけられた衝撃からなのかは解らない。

リスティアータが何を言いたいのかも、ナタリアには解らなかった。

だからだろうか。

他者が聞けば決してそんな風には聞こえないのに、ナタリアにはまるで、リスティアータがその7年間を自慢しているかのように感じられてしまう。

或いは、

「私に、【ルーク】から離れろとっ?」

そう、遠回しに言われたようで。
ナタリアはさっと立ち上がり、リスティアータを睨み据える。

と、

「いいえ」

あっさりとした否定に、虚を突かれた。

「え?」
「貴女があの子を慕ってくれるのは、とても嬉しいわ」

ふんわりと微笑んだ彼女は本当に嬉しそうで、嘘を言っているようには見えず、困惑する。

「では、何故……?」
「ちゃんと、【あの子】を見て欲しいと思ったの」

【ルーク】でも【アッシュ】でもなく、【あの子自身】を。

「7年間の全てを知らなくてはいけないなんて言わないわ。思い出を忘れろとも。でも、今のあの子はその両方をもっていると言うことを理解して欲しかったの」

そう言って、優しく柔らかく微笑んだリスティアータは、正しく【姉】の表情(かお)をしていた。



リスティアータの部屋を出て歩きながら、どこか茫然としているかのような自分を、ナタリアは他人事のような感覚で感じていた。

甲板に出れば、時は夕暮れ時。

夕陽色に染まった空と海に、ナタリアはふっと息を吐いた。

---私の知る【ルーク】と、知らない【アッシュ】……

---私が見ているのは……【誰】……?

リスティアータの言葉がナタリアの頭の中を廻る。

ベルケンドでも、ワイヨン鏡窟でも、言葉や態度の端々、共通する記憶が嬉しかった。

……浮かれていたのかもしれないと、今なら思う。

対して、何故リスティアータを姉と慕い、何を思って六神将となり、再会するまでの年月を生きてきたのか…

それを【知らない】自分は、【彼】に置いて行かれそうで、いつも焦っていた。

全てを知らなくてもいいと、リスティアータは言った。

不思議と肩の力が抜けた自分を、気づけば彼女への苦手意識が消えた自分を、ナタリアは苦笑う。
自分の事ながら、何と現金なのだろう。

同時に、今の自分に必要な事を導き出し、すっきりと微笑んだ。

---私は知りませんわ。【彼】が7年間、どのように過ごし、考えてきたのか。

艦橋から現れた人影に、ナタリアはきゅっと手を握る。

---だって、思い出ばかりを話す事で、私が【彼】と話す事を避けていたんですもの。

「アッシュ」

初めて、彼を自然に呼べた。

「少し、お話がしたいんです。よろしくて?」

---知りたいですわ。【あなた】の事を。




執筆 20090510

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