敗北感
全ての準備が整い、タルタロスの打ち上げに成功してから早数日。
相も変わらずゆっくり進むタルタロスは、一路ベルケンドを目指していた。
明日には到着するだろう。
そうは言ってもさしてやる事がある訳でもない艦内。
正直暇を持て余していたフィエラが甲板で風に当たっていると、艦橋の扉が開いてガイが出てきた。
休憩なのだろう。
「…ん?やぁ」
「あら、ガイ。お疲れ様」
「あぁ…座りっぱなしで肩が痛いよ」
そう言って爽やかに笑い、ぐるぐると肩を慣らしたガイは、リスティアータから程々に離れた手すりに寄りかかった。
話題を探すでもなく2人で広がる海を眺める。
と、ガイがぽつりと訊いた。
「君は、いつアッシュと知り合ったんだい?」
リスティアータは内心、珍しいと思った。
そもそもアッシュと行動を共にする事自体初めてなのだから、珍しいというのは間違いなのだろう。
しかし、かなり露骨な態度をアッシュに取っていたガイが、そのアッシュについて自ら訊ねる事に驚いた。
きょとりと瞬くリスティアータに、ガイは少し気まずそうに頬を掻く。
「いや、その…奴はリスティアータを姉上って呼んでただろ?だから、かなり親しいのかって思ってさ」
「あら、そうなの?」
納得したようなしていないような微妙な返事をして、リスティアータは思い出すように指を顎に添えた。
「いつだったかしらねぇ」
のんびりとした声にガイは苦笑する。
しかし内心では安堵していた。
バチカルで別れて以来、漸く会えたかと思えば彼女は傷だらけで死に掛けていて、ユリアシティの会議室に現れた時は別人のような冷酷な表情をしていた。
どれもこれも、自分の知るリスティアータとは違い過ぎて、正直かなり戸惑っていたのだ。
それに…、と、未だに思い出そうとしている彼女を見る。
テオドーロに向けた眼を、ガイは見た事があった。
嘗て、自分が持っていた憎悪に満たされた眼だ。
彼女が眼を開けていた事よりも、彼女が誰かを憎む事に驚いた。
「…あら。忘れちゃったみたいねぇ」
ガイの真剣な思考に、のんびりとした、全然困ってない声が響き、ガックリと力が抜ける。
そして流石にちょっとアッシュに同情した。
「そ、そう…」
苦笑うガイに謝りつつ、リスティアータはふっと笑う。
その微笑みが何故か嬉しそうで、ガイは首を傾げた。
「何だい?」
「あら、ごめんなさい。何だか嬉しくて」
そう言ってまた柔らかに笑う。
ガイが益々不思議そうに首を傾げると、リスティアータは言った。
「ガイはルークを【ルーク】として見ているから、嬉しかったの」
「!」
「アッシュに冷たいのは残念だけれど、私は【ルーク】を見てくれた事の方が嬉しいわ」
何となく、見透かされてしまったような気まずさを味わう。
リスティアータがアッシュと親しい事に、ガイは内心不満を覚えていた。
彼女の全てをアッシュが独占しているようで、
何も持たないルークから、彼女まで去ってしまうようで、
態度に出したつもりは無かったが、リスティアータにはあっさり気付かれてしまったようだ。
しかし、彼女はちゃんとルークも見ていてくれた。
それはルークに限らず、彼女が大切に思う全員に注がれているのだろう。
それはそれで複雑な気もするが。
「……親友だからな」
「ええ、そうね」
嬉しそうに笑うリスティアータに、ジェイドとは違う意味で勝てそうもないと、言い知れない敗北感を感じた。
執筆 20090505
プラウザバックでお戻り下さい。