感謝の言葉
バタバタと、慌ただしく駆け寄る足音に、リスティアータがそちらを向くと、やけに息を切らしたアッシュが、実に剣呑とした目つきでジェイドを睨んでいた。
「おい、てめぇ…見つけたなら見つけたと…」
「おや、すみません。今から伝えようかと思っていたんですがねぇ」
白々しい。
白々し過ぎる答えに、アッシュの額に青筋が立った。
怒鳴りたいのを必死で堪える。
何故ならリスティアータの前だから。
「アッシュ、捜させてしまってごめんなさいね」
「うっ」
言葉に詰まったアッシュを、ジェイドがにんまりと見つめる。
アッシュの堪忍袋の緒が斬れる寸前、ジェイドはあっさりと話題を変えた。
「アッシュも来た事ですし、私は先に戻ります。タルタロス打ち上げに関しても、私から相談しておきましょう」
「(っ…こいつっ)…ああ」
仏頂面で頷いたアッシュの横をすり抜け歩き出したジェイドは、ふと足を止め、振り返る事なく言った。
「手の傷痕についてですが……」
「………はい」
「………皮膚の移植をしたとしても、完全に消すのは難しいそうです」
「…………はい」
それから、リスティアータはアッシュに案内されて、ルークが眠っている部屋に向かった。
一度に色々な事が起きた所為か、アッシュに自分の真実を突きつけられて、気を失ってしまったのだと言う。
ティアの部屋だと言うそこは、必要最低限の家具しかない部屋は、酷く質素に感じた。
その中に、咲くように鮮やかな朱が、静かに横たわっている。
その傍に据えられた小さな机の上にいたミュウをリスティアータが優しく撫でれば、嬉しそうに目を細める。
それからベッドの縁に腰掛けて彼女が朱い髪を撫でるのを、アッシュは不機嫌に見ていた。
「……アッシュ」
「何だ?」
「……あまり、苛めないであげてね」
「!」
ハッとリスティアータを見れば、視線は変わらずルークに向いたまま。
しかし微かに浮かんだ微笑みが、ただ悲しそうで。
本当は散々罵ってやろうと思っていたが、アッシュは渋々と頷く。
「……分かった」
「ありがとう、アッシュ」
ルークの意識を自分に引き込む為に、アッシュは静かに目を閉じた。
それを見て、リスティアータは1人、外に面したドアを潜る。
外と言っても屋内庭園のような場所で、障気の世界に出ている訳ではなく、空気は管理されていた。
ゆっくりと進み、どこか青白い燐光を放つ花畑に足を踏み入れる。
とても幻想的な雰囲気に呑まれるように、フィエラは腰を下ろして目を閉じた。
無音のようでいて、無音ではない空間が、今は不思議と心地良い。
「…リスティアータ様」
不意に声を掛けられて振り向けば、戸惑った様子のティアが、アクゼリュスで会った少年ジョンを連れて立っていた。
「ティア…ジョンも…」
「お姉ちゃん!!」
どうしたの?と言うより早く、ジョンが勢いよくリスティアータに抱きつく。
それを何とか倒れずに受け止めて、力一杯しがみつくジョンを見下ろした。
と、
「ありがとう!」
「え?」
「父ちゃんの仲間、いっぱい助けてくれてありがとう!」
「!」
予想外に向けられた、純粋過ぎる感謝の言葉に、リスティアータは息を詰まらせる。
激痛が、胸に突き刺さったように感じた。
「…ジョン…私は」
「オイラを助けてくれてありがとう!」
「っ…ジョン…でも、私は…貴方のお父さんを…」
助けられなかった…
そう言おうとした自分に気づき、リスティアータはグッと口を噤む。
違う。
助けようとしていなかったのだ。
それを言う資格はない。
謝る訳にもいかない。
それは精一杯生きようとした彼等への侮辱に他ならない。
「オイラの父ちゃん、カッコイイんだ!」
ジョンは笑った。
小さな体を存分に使い、自分の父を誇る。
「みんなすっごく怖がってたのに、父ちゃんはすっごく頑張ってみんなを助けたんだ!」
そう言うジョンの目には、今にも溢れそうな涙が溜まっていた。
リスティアータは思わずジョンを抱き締める。
先程まで、触れるのを躊躇っていた手を伸ばし、強く、小さな体を抱き締める。
どんなに小さな体であっても、誰よりも強い子供が、愛しくて愛しくてしかたなかった。
「……お姉ちゃん、ありがとう」
感謝の言葉が、痛くない。
ほんの数分前は、あんなにも痛かったのに。
「……ええ、ありがとう、ジョン」
生きてくれた事に、心から感謝する。
命の温もりを感じながら、リスティアータの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
執筆 20090505
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