Metempsychosis
in Tales of the Abyss

弔い 〜side Jade〜

「……あっ!」

タルタロスで移動し始めた直後、唐突にティアが声を上げた。

何事かと皆が彼女を見る。

ティアはいつになく顔を青くして、わなわなと震える自らの口を覆っている。

微かに零れた声は、どうして今まで忘れていたのかと、そればかりを繰り返している。

「ティア?」

一番近くにいたナタリアが落ち着けるように彼女の肩をさすった。

そのお陰か、少しだけ落ち着きを取り戻した様子のティアが、何とか説明しようと言葉を紡ぐ。

「あ…あの、アクゼリュスに…」

しかし、それを聞いた瞬間、

「…リスティアータ様も、いたんですっ」

体の奥底で、何かが凍りついた、気がした。

「…な…に…?」
「ティア…本当なんですか…?」

呆然と、ルークが問い返し、イオン様が確認する。

ティアは黙って頷いた。

「…それじゃあ…彼女は、」
「うそだよぉ…」

何故だろうか。

絶望的な事実を口に出来ずに言葉を呑んだガイのように、

信じたくないと、涙目で首を振るアニスのように、

私は、悲しみを感じない。

やはり私は【死】を理解出来ない、欠落した人間なのかと、そんな事を思った。



ただでさえ重かった沈黙が更に重くのし掛かりながらも、タルタロスはゆっくりと進んでいた。

元々陸上用の戦艦であるタルタロスに付いた海上移動の機能は、あくまでオマケのようなもので、ハッキリ言って遅い。

そのタルタロスで進み始めて1時間もした頃、前方に小さな小さな島のようなものを探知した。

「…前方に何かあります」

私の言葉に全員がそちらを見る。

ゆっくりと近付いた時、それが何なのかを理解して目を細めた。



小島にタルタロスを横付けし、昇降口を開く。

そして改めて目の当たりにした現実に、全員が言葉を失っていた。

何故か無事に残ったらしい小島には、アクゼリュスの人々がいた。

1人や2人ではない。

ざっと見ただけでも500人はいるだろう。

そして、何故か生き残る事の出来た人々が、

身動きのない人を泥の海に----------------棄てている。

「…な、何をしてるんですの!?お止めなさい!!」

そのあまりに狂気めいた行為に、ナタリアが一番近くの男に詰め寄る。

すると男は、漸くこちらを振り返った。

その顔は涙と鼻水と炭坑の土汚れでぐしゃぐしゃの状態だったが、決して狂気に犯された者の顔ではなかった。

「……埋葬してんだよ」
「え…?」
「こいつらは、動けない位に重症だった奴らだ。こんな事になって、暫くしたらみんな……死んじまった」

確かに、アクゼリュスに比べ、ここの障気は各段に濃い。

重度の障気障害を発症していた者が、耐える事は難しい……いや、無理だろう。

「街のもんの大半はアクゼリュスで生まれ育ってきたんだ。そんなオレ達が仲間にしてやれる事なんて、こんぐらいしかねぇんだよ…」

だから邪魔しないでくれ、と、そう言われてしまえば、ナタリアにも止める事など出来ない。

これは、彼達なりの『弔い』なのだから。

無力さにナタリアが俯いた時、別の男が声を掛けてきた。

「…あんた達…確か治癒術士じゃなかったか…?」

どうやらアクゼリュスでティア達が治癒術を使うのを見ていたらしい。

「え、ええ。そうです」
「ああ!良かった!だったら早く、あの人を助けてやってくれ!酷い怪我なんだよ!」

頷いた途端の男の喜びように驚きながら、ティアが半ば引き摺られるように案内される。

それに何とはなしに続いて行けば、小島の丁度中心辺りに数人の人だかりが出来ていた。

中には子供の姿さえ見えるが、何故か皆一様に上半身が裸だった。

あまりに不可思議な光景に、私がそれを問おうとした時、

「おい!治癒術士が来てくれたぞ!」

そう男が声を張り上げ、途端に人だかりからは安堵の歓声が上がる。

この状況下にあっても見事な団結力だと思ったのも束の間、

「この人、怪我が酷いんだよ。早く治してやってくれ!」

口々にそう言って人だかりが割れ、その中心を見た瞬間、時間が止まったような錯覚に長く陥る。


頭の、何処か遠い片隅で思ったのは、赤い、赤いミイラのようだと。


よく見たら全身に巻かれたのは衣服で、男達が上半身裸だった理由はこれかと納得する。

「----------っ!」

遠くで、ティアが彼女の名を呼んだ。

そう。

彼女だ。

「-------…リスティアータ…」

考えるより早く、気づけば行動していた。

治癒術を行うティアの横を素通り、呼吸と脈を確認する。

翳した手に本当に微かにだが息が当たり、脈もあった。

しかし、見ただけでも既にかなり出血している上、両手の怪我が酷い。

もし重要な血管が損傷していれば、あと1時間も保たないだろう。

今すぐにでも確認したいが、この場所はあまりにも不衛生。

障気障害の事も考えれば、移動させるのが最善だ。

そう結論を出すと、ティアがある程度の治癒を施したのを確認し、リスティアータを横抱きにして歩き出す。

その時にリスティアータの全身を濡らす血液のぬるりとした温かさに触れ、僅かにでも安堵した自分に、心底……嫌気がさす。

「大佐!?」
「タルタロスに移動させます。此処で治癒するより効率的です」
「っ、解りました」

何をするのかと非難の視線を向けたティアを一蹴し、歩き出した。

と、

「……ぇ……ど……」
「!」

掠れた、常の柔らかな声音とは比べ物にならない程に微かな声が耳を掠めて足を止める。視線を落とせばリスティアータがこちらを見ていた。

瞼が今にも落ちそうになっていても、初めて見る漆黒の瞳が、確かに、自分に向けられている。

その事を理解するのに、結構な時間を要したように思う。

「…ぁ…ゼ…の…みな…さ……は……?」

途切れ途切れの声を聞き取る事は出来なかったが、何を訊きたいのかはすぐに察する。

『アクゼリュスの皆さんは?』

彼女はそう言ったのだろう。

それと同時に理解する。

今立っているこの小島は、ティアが自分達を助けたのと同様に、リスティアータがアクゼリュスの人々を助けた結果出来たものなのだと。

知っていた筈だ。

彼女が譜歌を…ユリアの譜歌を歌える事を。

その威力がティアを大幅に上回る事を。

彼女の力を持ってすれば、この状況も納得出来ない事はないが…

その代償が、今の彼女の状態なのだ。

それに…と、ジェイドは返す言葉に窮する。

生きている者は確かにいる。

しかし、それと同時に亡くなった者をこの場で埋葬しているという事実。

今のリスティアータにそれを伝える事に躊躇う。

自分でも珍しいと思うが。

しかも、その束の間の躊躇を、彼女は正確に読み取ってしまう。

「………………そう…」

呟かれた声は最早吐息にしかなっていなかった。

今の会話だけでかなり消耗したのか、辛うじて開かれていた瞼が力なく閉じられる。


音もなく、血に汚れた頬に涙が伝った。




執筆 20090426

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