Metempsychosis
in Tales of the Abyss

絶望の序章

どこかに停泊したタルタロスは、身を潜めるかのようにし…んと静まっていた。

その一室で、フィエラはただじっと待っていた。

と、暫くして硬い扉の向こうから聴こえてきた剣戟に、深く深呼吸をする。

あっという間に近づいてきた音が止むと、微かな音を立てて開かれた。

「……姉上」

微かに息を切らすアッシュの声に、フィエラは静かに目を開く。

「急ぎましょう」
「ああ!」



部屋から出た2人は、昇降口ではなく、外に面した扉を目指した。

昇降口に向かっていては神託の盾の邪魔は必至な上、時間が掛かり過ぎる。

対して、外に面した扉ならばある程度の間隔で設置されていて、部屋の近くにもあったし、リスティアータの椅子を使えば下手に落ちれば即死ものの高さなど関係無い。

そうして迅速にタルタロスから脱出した2人が、リスティアータの椅子を使って猛スピードで南ルグニカ平野上空を移動していた時だ。

ふと視線を地上に移したアッシュは、人影らしきものを見留めた。

よくよく見れば、数人の神託の盾兵と、見覚えのある女が何やら争っている。

「あれは……、ヴァンの妹!」
「!ティア?」
「自分の妹だけ逃がすつもりかっ!」

アッシュはティア達の上空に近付いた頃合を見計らい、掴まっていた椅子の背から手を離す。

そして地面に着地すると同時に神託の盾兵達を切り捨てていた。

「ぇっ?…あ、あなたは!」

突然倒された神託の盾に驚いていたティアだったが、自分を助けた相手がアッシュだと知って困惑する。

慌てて投げナイフを抜き身構えたが、それは条件反射でしかなかった。

「ティア」
「リスティアータ様!?」

次いで上空から現れたリスティアータに更に困惑するしかない。

頭の中を疑問がぐるぐると巡るが、何一つ言葉には出来なかった。

何故なら、

「ここでお話している時間は無いの。早く椅子に座ってちょうだい」

初めて見る漆黒の双眸が、笑顔のないリスティアータが、それを許さない厳しさを、いや、緊迫感を顕していたから。

「っ、は、い」

ティアが半ば押されるようにしてリスティアータの隣に座れば、既に掴まっていたアッシュも共に乗せて、再び椅子は走り出す。

スピード故の強風を受けながら、ティアはアッシュから端的な、しかし絶望するに充分な説明を受ける。

「兄さん…何て事を…っ」

青醒めた顔でティアが呟いたのと、アクゼリュスに到着したのは同時だった。

「女!お前は先に行け!」

アッシュにそう言われるまでもなく、アクゼリュスに入って椅子が止まる前にティアは駆け出していた。

向かう先は第14坑道、自身も嘘の呼び出しを受ける前まで向かう筈だった場所。

駆け行くティアを横目に、アッシュはリスティアータに向き直る。

「姉上…」

自分を見送る様子の姉に、アッシュはやはり、と思う。

同時に湧く予感に、ここに残したくないとも。

しかし、そんなアッシュを見通すように、リスティアータは言った。

「貴方も行きなさい」
「………っ」
「行きなさい」
「っ…わかった…っ」

言外に、出来るだけの事をやって来なさいと言われたのを察する。

湧き出ようとしていた言葉をグッと抑えられ、アッシュは振り切るようにしてティアの後を追った。



そして、その場に残ったフィエラは、アッシュを見送る間もなく椅子から立ち上がり、一番近くにいた人に声を掛ける。

「お忙しい時にすみません」

重症と思しき人達を運んでいた男性は、街の惨状とあまりに不釣り合いなフィエラに驚いた様子で目を瞬く。

「導師イオンから、何かお聞きじゃありませんか?」
「あ、あぁ、何でも街にいる奴らを一ヶ所に集めろって…」
「それは何処に?」
「すぐそこの広場だ。ところであんたは?」
「リスティアータと呼ばれています。今は一刻を争います。1人でも多く、広場に集めて下さい。この椅子を使って下さい」
「ぇえ!?しかし…」

男性は真っ白い椅子に薄汚れた自分達が触れるのを遠慮するが、リスティアータはそれに構わず男性の言った広場に向かって走り出す。

と、男性がリスティアータを呼び止めた。

「あ!リスティアータさん、ちょっと!」
「何ですか?」
「広場に行くなら、うちの息子も一緒に連れてってくれないか」
「分かりました」
「助かるよ。おい、ジョン!」

男性の呼び掛けに、周りをちょこちょこと動き回っていた男の子が嬉しそうに駆け寄ってくる。

「父ちゃん、なぁに?」
「このお姉ちゃんと一緒に広場に行ってるんだ」
「父ちゃんは?」
「父ちゃんも後から行く。いい子にしてるんだぞ」
「うん!」

わしわしと帽子ごと頭を撫でられて、ジョンは元気よく頷いた。

「それじゃあ、お願いします」
「はい」
「この椅子も、遠慮なく使わせてもらいます」

そう言った男性は、ふと思い出したように、パイロープと、自らの名前を名乗った。




執筆 20090425

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