Metempsychosis
in Tales of the Abyss

叫び

パタリと扉の閉じる音を聴いて瞼を上げると、そこには濡れ鼠と化したアッシュの姿があり、リスティアータは少し慌てた。

「まぁ!アッシュ。びしょびしょだわ。ちゃんと水を拭かなきゃ駄目よ」

そう言って手近な椅子にアッシュを座らせると、部屋にあったタオルで紅い髪を拭う。

ただ黙って言われた通りにしていたアッシュは、優しく髪を拭われる感覚の心地よさに泣きたくなって、ぎゅっと顔をしかめた。

何か言わなければ。

そう思うのに、何を言ったらいいのか解らない。

だから、アッシュは最初から話す事に決めた。



様子見程度のつもりで行ったカイツールで、優しく微笑むリスティアータ…姉と、それを受けるレプリカを見た。

その瞬間、アッシュの内に湧き上がった感情は、レプリカへの憎悪であり、嫉妬であり、怒りであり、何より----焦りだった。

----また、失うのかと思った。

----また、レプリカに奪われるのかと。

----自分の総てを、【ルーク】を奪っただけに止まらず、また奪うのか。

----絶望の先で出逢った、唯一の【アッシュ】の居場所まで。

そう思った瞬間、自分の内側で囁いた。

---…だったら、

---…だったら、奪う奴を消してしまえばいいじゃねぇか。

カッと燃え盛った頭では、暗く澱んだ声に抗う事など出来なかった。
静かに剣を抜き放ち、奴に向けて振り下ろす。

----コイツさえいなくなれば、

その時自らの内に湧き上がったのは、紛れもない喜悦。

しかし、

「アッシュ」と、

そう、呼ばれた。

ほんの一瞬だが、スッと頭が冷えた。

その一瞬でヴァンに割り込まれ、その場はすぐに退いた。

それから暫くしても、渦巻く感情は落ち着かなかった。

我に返ったのは、カイツール港を襲撃したアリエッタが自分に怒鳴った事が切欠だ。

----アッシュのばかぁぁぁあ!
----リスティアータ様、すごく怒ってたもん!

----アリエッタがリスティアータ様に嫌われたらアッシュの所為なんだから!

----アッシュのばかっ!


その時自分は、アリエッタが怒っている事よりも、姉上が怒ったと聞いた事よりも、

----あぁ、きっと姉上を哀しませてしまったんだ

と、そう思った。

一気に冷静になった頭には、後悔の言葉が浮かぶ。

レプリカへの憎しみは今も変わらないし、それを割り切れる程、自分は器用じゃない。

それでも、


「----…姉上を、哀しませたくなかった………っ」



叫びだと、思った。

声を荒げる事はなくても、言葉のひとつひとつはどれも言いようのない感情で震えている。

フィエラはそれを黙って聞きながらも、掛ける言葉が見つからない。

自分がダアトから出て【ルーク】と行動を共にする事で、アッシュを追い詰めるだろう事は解っていた。

出来る事ならば、傷つけたくなかった。

でも、必要だった。

それは、他の誰でもない。


----------…自分の、為に。


「…………アッシュ」

本当ならば、自分にこんな事を言う資格はありはしないのだろう。

自分はこの先、更に彼等を傷つけるのだから。

でも、

それでも、

不安を叫ぶ【弟】が、大切だから。

「…………大丈夫…大丈夫よ…」

初めて逢った時と同じ様に、

震えるこの子を暖めよう。




執筆 20090419

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