そして物語は動き出す・下
ラルゴに連れて行かれたタルタロスの前には、アッシュと数人の神託の盾兵が待っていた。
アッシュはリスティアータの姿を目に留めると、すっと気まずそうに目を逸らす。
それを何となく察したリスティアータは、敢えてアッシュに話し掛けた。
「アッシュ」
「!」
「後でお話が出来るかしら」
「…解らないが、出来るだけ、時間を作る」
「そう、ありがとう」
アッシュはきっと、カイツールでの事を責められると思っているのだろう。
それでも逃げずに向かい合おうとする姿勢に、リスティアータは優しく微笑んだ。
と、ポツリ、と雨がリスティアータの頬に当たる。
「あら、雨……」
「リスティアータ様は俺が先にタルタロスへお連れする。アッシュは導師イオンを頼む」
「ああ」
「失礼します、リスティアータ様」
「え?」
そう言うなり、あっという間に強くなり始めた雨に濡れる前にと、ラルゴがリスティアータを抱え上げてタルタロスへと走り出す。
先日と良く似た状況ながら、リスティアータは大人しくラルゴの腕に収まっていた。
嫌ではない。
寧ろ父親のぬくもりに包まれているようで落ち着く。
習慣のように会う度抱き締めて貰っていたからだろうか。
と、そこまで考えて、リスティアータはこてりと首を傾げた。
では何故、ジェイドに抱き上げられた時はあんなに落ち着かなかったのだろう。
勿論、ジェイドの事は好きだし、優しい人だと思っている。
軍人らしくきちんと鍛えられていて、触れた胸板も、抱えられていた腕も、しっかりと筋肉がついていた。
落とされそうなんて恐怖があった訳でもない。
では何故?
それに、あんなむずむずと落ち着かない気持ちは久しぶり(、、、、)で……。
そんな事を考えていたら、いつの間にかラルゴがタルタロスの昇降口を登りきっていた。
すぐにリスティアータの椅子も運ばれてきて、再び椅子に戻される。
「リスティアータ様を部屋に御案内しろ」
「了解」
ラルゴの命令に神託の盾兵がリスティアータの椅子を押そうとした時だった。
「2人を返せぇぇぇえっ!!」
雨音に遮られながらも、大きな声で叫ぶルークの声が聞こえたのは。
「!…ルーク?」
パッと振り返ろうとするが、背後の兵に椅子を押さえられていて叶わず、リスティアータには辛うじて剣戟の音と、「お前か!」と言うアッシュの声が聞こえるだけ。
しかし、それだけでリスティアータには充分だった。
逢ったのだ、アッシュがルークに。
逢ってしまったのだ、ルークがアッシュに。
きっと、露わになったアッシュの存在は、ルークの根底を揺るがす衝撃を与えたに違いない。
そしてルーク以外の皆も、アッシュという存在を知って、その意味を考えるだろう。
ただ1人、ジェイドだけが、推測を確信に変えただけ。
「アッシュ!今はイオンが優先だ!」
「分かってる!…いいご身分だな!ちゃらちゃら女を引き連れやがって」
シンクに急かされ、アッシュはそう捨て台詞を吐くと、動き出したタルタロスを追って開いたままの昇降口に飛び乗る。
昇降口が背後で閉じた音を聴いて、アッシュは歩き出した。
「……何処行く気?」
「自分の部屋だ。大体俺が何処へ行こうとてめぇには関係ねぇだろう」
「ふぅん…」
詮索を振り切って歩き去ったアッシュを、シンクは意味深に見送る。
「そっちにアンタの部屋はない筈なんだけどね」
歩く度に濡れた靴が硬い床と擦れる音が響く。
濡れそぼった服は重く、完全に冷えていた。
時折ぽたりぽたりと、髪から服から滴が落ちる。
またひとつ滴が落ちた時、アッシュは目指していた部屋の前に立っていた。
「見張りはいらねぇ」
「し、しかし」
「いいからとっとと消えろ」
「はっはいっ!」
扉の前にたっていた見張りの兵を鋭い睨みと低く唸るような声で追い払う。
怯えきった兵がバタバタと走り去り、完全に姿が見えなくなったのを確認して、アッシュはひとつ、息を吐いた。
そして、硬質な扉を叩く。
「どうぞ」
相変わらず誰何をしない姉に、アッシュは少し笑う。
ゆっくりと開いた扉の先には、優しく、でもどこか哀しそうに微笑むリスティアータがいた。
執筆 20090418
あとがき
アッシュ、ルークと御対面。
ルークはアッシュに大混乱、の巻でした。
しかもこの先、優しく微笑んでくれるリスティアータは居ませんから、ルー君はどんどん切羽詰まる事でしょう。
ごめんよー。
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