謁見乱入
街の散策に満足した一行は、昇降機を乗り継いで最上層にあるキムラスカ城に向かった。
門番にイオンが名乗り出れば、すぐに城内へと入る事ができた。
吹き抜けになったエントランスは、荘厳な色合いが使われている割に、随分と開放的だ。
入り口から真っ直ぐに延びた絨毯の先に、謁見の間の扉があった。
「只今大詠師モースが陛下に謁見中です。暫くお待ち下さい」
大詠師モース。
衛兵の口から出た名前に、ルークが顔をしかめる。
「モースってのは戦争を起こそうとしてるんだろ?伯父上に変な事を吹き込まれたらマズいんじゃねぇの?」
「はい…」
イオンもまた不安気に眉を寄せているが、ティアだけは複雑な表情を浮かべている。
と、少し考えてルークが扉に手を掛けた。
「入ろうぜ」
「お止め下さい」
「俺はファブレ公爵家のルークだ。和平の使者を連れてきた。急ぐんだから止めんなよ!」
「!!」
あまり正しいとは言えないが、ルークの思い切った行動がなければ、モースに先手を打たれてしまうだろう。
ジェイドもリスティアータも敢えて止める事はしなかった。
「マルクト帝国は、首都グランコクマの防衛を強化しております。エンゲーブを補給拠点として、セントビナーまで……」
扉を開けたと同時に聞こえた嗄れた声の言う内容に、【見てきた】者達は眉を寄せた。
ジェイドもまた目を細めると、ずれてもいない眼鏡を押さえた。
と、玉座の脇に控えていた小太りな男(立ち位置から見るに大臣)がルーク達に気づき、目を吊り上げる。
「無礼者!誰の許しを得て謁見の間に…」
「俺はルーク・フォン・ファブレだ。和平の使者を連れてきた」
「!!」
内心としては「うるせぇ!」と言い返したかったのだろうが、何とか普通にルークが名乗ると、玉座に座っていた男性、キムラスカ・ランバルディア王国国王インゴベルトが目を見開いた。
「ルーク?シュザンヌの息子の……!」
「そうです、伯父上」
自身の甥の名に、ルークの容姿に、深く頷く伯父を、ルークは微妙な気持ちで見る。
初めて会う、自分の、伯父。
なのに、何にも感じない自分がいたから。
「そうか!話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた。すると横にいるのが……」
甥の帰還を喜んだインゴベルトは、次いでルークが連れている面々に目を向けた。
「ローレライ教団の導師イオンとリスティアータ、そしてマルクト軍のジェイドです」
「「「!!」」」
ギョッと目を剥いたのはインゴベルトだけに留まらず、その場の全員が驚愕も露わにしていた。
理由は港で会ったゴールドバーグ達と同様だろう。
「ご無沙汰しております、陛下。イオンにございます」
「ご紹介に与りました。リスティアータと呼ばれております」
紹介されて頭を下げたリスティアータとイオンを見て、モースが慌てて言う。
「導師イオン、リスティアータ様…。お、お捜ししておりましたぞ……」
「モース、話は後にしましょう」
そのまま別の話を始めそうなモースを、イオンはぴしゃりと断ち切る。
リスティアータはそれに反応すら示さなかった。
何より今言うべき事ではないだろうに、何とも空気の読めない男だとジェイドは内心で思った。
「陛下。こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」
「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」
ジェイドが口上を述べると、アニスが手にしていた親書を大臣に渡す。
一先ず親書が渡った事にルークは安堵しながらも、先程のモースの言葉を思い出して口を開いた。
「伯父上。モースが言ってる事はでたらめだ。俺はこの目でマルクトを見てきた。首都には行ってないけど、エンゲーブやセントビナーは平和なもんだったぜ」
それに慌てたのはモースの方で、しどろもどろに言い訳をするが、大した意味は為さなかった。
「何にせよ、こうして親書が届けられたのだ。私とて、それを無視はせぬ」
傍目にも熱くなりそうなルークをインゴベルトが宥める。
と、
「私からひとつ、インゴベルト陛下に申し上げたい事が御座います。宜しいでしょうか?」
そう申し出たリスティアータに常の微笑みはなく、真摯な表情に誰もが惹きつけられた。
リスティアータの伺いにインゴベルトが返事をするより早く、何を言うつもりなのかを予感した様子のモースが口を挟む。
「リスティアータ様、話はまた後程…」
「私はあなたと話しているのではありません」
「っ!」
きっぱりと返されて、モースはぎりっと歯を噛み締めた。
内心では「小娘が生意気な」とでも思っているのだろうが、リスティアータは構わない。
「リスティアータ様の申し出とあらば、伺いましょう」
「ありがとうございます」
承諾を得て、礼を述べる。
次いで口を開いたリスティアータの口から出た言葉に、
「私は」
誰かの血の気が引いた。
「戦争を望みません」
しん、と静まり返った空間に、モースの呆然とした声が響く。
「な、何を…」
「どんな理由があろうとも、私は」
「お止め下さい!!」
尚も言葉を続けるリスティアータに、ついにモースは声を荒げた。
まさに憤怒の表情と言っていいだろう表情に、ルーク達は驚く。
「リスティアータ様ともあろうお方が、何を仰るのか!貴女は御自分の言葉が預言と同位だと理解しておられるのか!?」
頭に血が上っている割にはまともな制止理由だと思いながら、ジェイドはリスティアータを見た。
あの程度で彼女が怯えてしまうとは思っていないが、さてどう答えるのかと思って。
と、
「はい。解っていますが」
それが何か?と言わんばかりに平然とリスティアータは答えた。
これにはモースも絶句する。
声も出ずにパクパクと開閉を繰り返す口が、モースの驚愕具合を物語っている。
「何度でも申します。私は戦争を望みません」
もう邪魔をする者はいない。
リスティアータは今出来る最善を尽くす。
「どんな理由も、国同士の戦争をする理由にはなり得ません。インゴベルト陛下が真実自国の平和を、自国の民の平和を望まれるなら、戦争で喪われるものが何なのか…────…考えて下さい」
執筆 20090418
あとがき
言ってる言葉は所詮奇麗事でしかありません。
それは誰より本人が一番解ってる。
でも、預言にあるからなんて理由よりはマシだと思う。
だって奇麗事だって何だって、それを選択したのは自分だから。
戦争を知らない自分には、これ以上は理解出来ないなぁ…。
プラウザバックでお戻り下さい。