010
その日、フィエラはアリエッタと共に、お庭で日向ぼっこを満喫していた。お茶を飲むのは勿論、編物を教えたり、髪を結ったり、ライガのもふもふに顔を埋めたり。
とてもほのぼのとした時を過ごしていたのだが、それはごろごろ喉を鳴らしていたライガがむくりと巨躯を起こした事で止まる。
「……ライガ?」
体躯に似合わぬ素早い動きで二人に差す日光を遮った瞬間。
前触れもなくそれは降ってきた。
ずどーん!!「きゃっ!」
「まぁ」
濛々と土煙が立ち込める程の衝撃だったにも関わらず、フィエラにもアリエッタにも被害は無い。つまりはライガが守ってくれたと言うことなのだろうと思い、フィエラが手探りでもふもふ…改めライガを探す。
思いの外近くにいたもふも…ライガを一撫で二撫で。
「ありがとう、ライガ」
「ありがと」
「ガゥ」
どういたしましてだと思うので、二人で更にライガをなでなでごろごろなでなでごろごろ。
そうしている内に少しずつ土埃が収まって来た。
「げほっゴッホォっ」
瓦礫の崩れ落ちる音、誰か土煙に噎せて咳き込む声がして、ライガを撫でる手が止まる。
「あら、どなたかいらっしゃるのかしら?」
「あ…」
「アリエッタ、誰だかわかるの?」
「…、……はい…です」
何故だろう。
物凄く渋々アリエッタが頷いた気がする。
「あと少しだったのに!一体何が…ハッ!もしや……ぶつぶつ……」
声が上がる。
男性にしては高いそれは、金切り声に近いものだった。
声の主は服の汚れを落とすこともせず、自分の世界へと直行してしまった。
これには流石のフィエラも困った。怪我をしていたら大変なので、声を掛けたいと思うのだけれど…。
「…………ディスト…です…」
悩むフィエラにアリエッタが言う。
「ディストさん…という方なの?」
「…はい、…です」
「お知り合いなのかしら?」
「・・・・・・ちょっと、だけ」
まぁ、渋々。
それはともかく、こうしてのんびり会話している間も、未だディストというらしい彼は自分の世界を邁進中で、いくらなんでもそのままにはしておけないと、フィエラは思いきって話し掛けてみることにする。
そんな動きに、アリエッタが一瞬、ホントに一瞬、ほんの…ニ、三分?ぎゅっと眉を寄せたのは、フィエラの知らなくてよい話である。
フィエラが立ち上がると、アリエッタが左手を取って先導し、ライガが右側から身を寄せてくれる。
これなら転ばないわね。と、フィエラはライガのお腹を撫で、アリエッタにもお礼を言った。
あら、ありがとう。ふわりと微笑まれて、アリエッタはぽっと頬を染めてはにかみ、ライガはごろごろと喉を鳴らす。
近付きすぎないところでアリエッタが立ち止まる。
ディスト(仮)は未だに自分の世界にいるようだったが、
「あの、お怪我は、」
「何です?貴女。私が今忙しいのだと見て分かりませんか?邪魔をしないでもらいたいですね」
……怒られてしまった。
「まぁ、それはごめんなさい。随分と勢いよく落ちていらしたので、お怪我をなさっていないかと心配だったものですから……」
「……………………」
「………?、あの……?」
邪魔をしたならと謝ったのだが、ディスト(仮)の反応がない。
様子が解らず首を傾げるフィエラの横で、アリエッタがぽそっと呟いた。
「………真っ赤…です…」
「っ!だっ黙らっしゃいっ!!」
ディストは猛然と怒鳴ったが、アリエッタはどこ吹く風である。どうにも好かないのか、ディストに対しては遠慮がない。
「あ、貴女…名前は何と言うんですっ?」
「あら、名乗りもせずに失礼しました。私はリスティアータと呼ばれています。よろしくお願いしますね」
「そ、そうですか……リスティアータ……」
「はい。貴方はディストさんと仰るんですよね?」
「…っ…っ…っ」
「…ディストさん?」
返事がない。あら、困ったわ。とフィエラは首を傾げる。
「えぇと…、ディストさん?」
「はっはい!?」
あぁ、良かった。反応があった。
「あの、お怪我は…」
「あぁぁあ有りませんが!?」
「まぁ、良かった。でも、きちんとお医者様に診て頂いて下さいね?」
「っ、ま、まぁ、そこまで頼むのであれば、仕方ありません。後で医務室へ行ってあげましょうっ」
「・・・・・」
「まぁ、ありがとうございます。」
とりあえず元気で怪我もない様子に胸を撫で下ろす。
そして、せっかく反応が返って来るようになったので、もうひとつ訊いてみる。
「ディストさんは、なぜここに落ちていらしたんですか?」
「えっ!?あ、あぁ、手に入れた浮遊機関が暴走しただけですよ。ふん、私に掛かれば次は完璧に」
ディストが矢継ぎ早に語り始める中、
「浮遊、機関?」
初めて聞く言葉に、フィエラはこてりと首を傾げた。
「アリエッタは知っているかしら?」
「…えと、空を飛べる譜業…みたいなもので、えっと…ディストが椅子に付けようとしてる…です」
「え?」
フィエラはまたこてりと、先ほどとは反対側に首を傾げる。
アリエッタの言葉をまとめると、つまり、
「椅子でお空を飛べるようになるの?」
「なりますとも!!」
「ひゃ!」
高い大声に、アリエッタはびくっと身を竦める。
それ程大きな声ではなかった筈だが、ディストにはしっかり届いたらしい。
「確かに浮遊機関は本来飛行艇に搭載して使用されたものですが、私の手に掛かればより効率的でありながら美しい、芸術性に優れた作品へと生まれ変わらせる事が出来るのです!そもそも浮遊機関というのは…────」
以降、雨のように降り注ぐ専門用語の数々に、フィエラとアリエッタの頭上に疑問符が乱舞する。
解説は熱く、熱く、熱い為、理解出来ない事はちょっぴり心苦しいものの、まるっとまとめると要するに、『椅子で空は飛べる』と言うことらしい。
「まぁ、凄いんですねぇ」
「!!!」
ほんわかとまとめたフィエラの感想に、ディストは更に真っ赤になってぱくぱくと口を動かす様子は、酸欠の金魚のようであった。
次いでぷるぷる震えたかと思ったら、
「そそそんなに言うならしっ仕方がありません!つつつくっ作ってやっても良いですよっ!」
「え?」
「〜〜っ、そっ、それでは、私は忙しいので失礼しますよっ!」
矢継ぎ早に言い、足音が遠ざかって、やがて聞こえなくなる。
現れるのも突然だったが、去るのも突然だった。
しかし、まぁ、とりあえず、
「…………変わった方、ね」
「………変態、です」
アリエッタの痛烈な一言。
まぁ、と言いつつくすくす笑って、そのすぐ近くに置き去られた、無惨に砕け散った椅子の残骸もそのままに、フィエラ達は日向ぼっこを再開した。
後日、これまた突然ディストはフィエラのもとを訪れた。
しかし挨拶もそこそこに、あっという間に去っていった。
フィエラの為に造られた、空飛ぶ椅子を一脚置いて。
再執筆 20080723
加筆修正 20160414
プラウザバックでお戻り下さい。