洟垂れディスト
船橋の無事を確認し、次は敵の主格を倒そうと船内を廻るものの、なかなか見つからない。
「敵のボスはどこにいるんだよ!」
甲板でルークがそう言った時、それは現れた。
もしかしたら誰かがそう言うのを待っていたのかもしれない。
「ハーッハッハッハッ!ハーッハッハッハッ!」
聞き覚えのあるような気がする高笑いに全員が空を見れば、そこには趣味の悪い空飛ぶ椅子と、それに足を組んで座る趣味の悪い襟巻きスーツの男がいた。
「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を…」
華麗且つ優雅且つ素敵且つ何かそんな感じの雰囲気を纏ったつもりの男は、ルーク達を見下ろして自らを名乗る。
今は正に彼の独壇場だ。
だって誰も一緒の舞台になんて立ちたくない。
「我こそは神託の盾六神将、薔薇の」
「おや、洟垂れディストじゃないですか」
自己陶酔も最高潮な二つ名を名乗らんとした時、それをジェイドがにぃっこりと笑顔で踏み潰した。
無論洟垂れディストはすぐに立ち直る。
ある意味凄い。
「薔薇!バ・ラ!薔薇のディスト様だ!」
「死神ディストでしょ」
「黙らっしゃい!そんな二つ名、認めるかぁっ!薔薇だ、薔薇ぁっ!」
正しい?二つ名でアニスが呼べば、ディストは悔しそうに拳を握る。
しかし、ルーク達も確かに死神と言われた方が納得してしまった。
神託の盾内部でも同じだったのだろう。
本人の意向とは無関係に不本意なのにとっても似合う二つ名の方が浸透してしまったらしい。
「なんだよ、知り合いなのか?」
「私は同じ神託の盾騎士団だから…。でも大佐は…?」
ルークの疑問に、待ってましたとばかりにディストがシュバッと立ち直った。
「そこの陰険ジェイドは、この天才ディスト様のかつての友」
「どこのジェイドですか?そんな物好きは」
ディストの見せ場(本人にとってのみ)を悉く踏み潰しまジェイドがペッと手で何かを払う仕草つきで言うものだから、ディストは簡単に乗せられた。
「何ですって!?」
「ほらほら、怒るとまた鼻水が出ますよ」
「キィ─────!!出ませんよ!」
おちょくるジェイドとおちょくられるディスト。
それを聞いていたリスティアータの中で、2人は「仲良し」と完全に決まってしまっていたのだが、口に出さなかった為に誰も訂正出来ない。
ジェイドが聞いたものならば、物凄く嫌そうな顔が見れただろうに。
と、このままでは埒があかないと漸く気づいたらしいディストは言った。
「……まぁいいでしょう。さぁ、音譜盤のデータを出しなさい!」
「これですか?」
自分のペースを取り戻すべく頑張ったディストは、ジェイドがほいっと見せたデータをシュバッと奪取する。
「ハハハッ!油断しましたねぇジェイド!」
「差し上げますよ。その書類の内容は全て覚えましたから」
「!!」
「「……」」
喜びに浸る間もなくケロッと言われた用済みの言葉に、ルークとガイはディストがちょっと可哀想になった。「ムキ────!!猿が私を小馬鹿にして!」
いよいよ頭にきたディストが顔を真っ赤に紅潮させると、今度はリスティアータを指差して次の要求を言う。
「リスティアータも渡してもらいます!さぁ、リスティアータ!こちらへいらっしゃい!」
んばっと両手を広げてディストがリスティアータを招くが、目を閉じた彼女に見える訳もない。
「えっと…こんにちは、ディストさん」
ちょっと困った顔でとりあえず挨拶をしたリスティアータだったが、思い出したとばかりにぽむっと手を合わせた。
「そうそう。ディストさんにお願いがあったんです」
「わ、私に?」
「はい」
「貴女が?」
「はい」
「おっ、お願い?」
「はい」
にっこり微笑んだリスティアータを見て、ディストの脳内では「お願いがあるんです」→「貴女だけが頼りなんです」に都合良く変換された。
「〜〜っ!い、いいでしょう!この天才薔薇のディストに不可能はありませんからね!何なりと言ってみなさい!」
「まぁ、ありがとうございます」
先程までとはまた違う真っ赤な顔のディストに、全員「あーそうなんだ」と生温く見守る。
「ディストさんに造って頂いたこの椅子なんですけれど」
「椅子の事ですか、そうですか、それは私にしか、そう!私にしか出来ませんね!」
「私以外の方が一緒に乗ると、上手く操縦出来ないんです」
「当然でしょう!私がそういう設定にしたんですから!」
「まぁ、そうなんですか?」
「当たり前です!何故なら、私がああああな貴女の為に造った椅子に、他の奴らなど乗る資格はないからです!」
「でも、それでは折角造って頂いた椅子で皆さんにご迷惑を掛けてしまいますね…」
「!!」
「設定を変えては頂けませんか?」
「い、いいですとも!」
ディストの脳内では「折角造って頂いたいすで皆さんにご迷惑を」→「ディストさんの造ってくれた椅子で皆さんにご迷惑を掛けたくないわ」→「ディストさんの椅子を傷つけたくないわ」に超飛躍変換されていた。
いそいそとリスティアータ近付いたディストがごそごそと椅子の背もたれを弄る。
暫くして一仕事を終えたディストが見たものは、拳を振り上げるトクナガの上で物凄い笑顔のアニス(てめぇの所為で死にかけただろーがボケェ!)と、同じく凄まじい笑顔で譜術を発動するジェイド(さっさとどこかに逝っちゃいなさい)の姿だった。
ぴゅーっと何とも侘びしい擬音付きで飛んでいったディストを見て、ルークが顔を引きつらせる。
「おい…あれ…」
「殺して死ぬような男ではありませんよ。ゴキブリ並みの生命力ですから」
やけに力強い断言までされては、もうルークには何も言えなかった。
「あら、ディストさん?」
「急に飛んで(母なる大海原へと)帰っていきましたよ。設定変更は終わっているようですから、ご安心をv」
「まぁ、そうなんですか?ディストさんもお忙しいですものね」
ただ一人、自分の背後で起きた惨劇を知らないリスティアータだけが、白々しいジェイドの答えに騙されていた。
何はともあれ、神託の盾の追撃を退けたのだからと、ルーク達は無理矢理自分を納得させる。
キムラスカ・ランバルディア王国首都バチカルは、もうすぐだった。
執筆 20090412
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