嫌じゃない。でも落ち着かなくて、
漆黒の翼が去ってから、キムラスカ領事館へ着いてもフィエラは鼻に纏わりつくような香水の匂いに悩まされていた。
そんな彼女が漸く復活したのは、音譜盤の解析をする為にアスターというケセドニアの有力者の屋敷(寧ろ御殿だった)で要件を済ませた頃だった。
そうしてアスターの屋敷を出てキムラスカ側へと歩いていると、1人のキムラスカ兵が歩み寄ってきてルークに敬礼をする。
「こちらにお出ででしたか。船の準備が整いました。キムラスカ側の港へ……」
そう言ってルーク達を呼びに来たらしいキムラスカ兵の後方から、黒い影が迫っていた。
しかし、比較的柔らかな砂地によって足音は吸収されていて、皆が気づいた時には影はすぐそこ。
「危ない!」
いち早く声を上げたのはティアだった。
それは影の標的が自分ではないと気づいたからであり、目指す先に誰が、何を持っているのかという事に気づいたからでもある。
「うわっ!?」
しかし、影の動きは遥かに早く、音譜盤とその解析データを持っているガイの右腕を襲った。
最大限の速さで身を逸らしたガイだったが、突然の激痛が指先まで走り、持っていたそれらを取り落としてしまう。
軽く舞った音譜盤を手中に納めた影だったが、倒れ込みながらもガイが死守した解析データに再びこちらへと向き直った。
「それをよこせ!」
地を這うような飛び蹴りを繰り出されたが、機敏な動きでガイは影…烈風のシンクから距離を取る。
----…一触即発。
緊張感の高まる場にあってただ1人。
ほんわか彼女は微笑んだ。
「あら、シンク」
あまつさえヒラヒラと手を振ってみせる。
ただ、何となくの方向に向けていたので、微妙に違う方に向かっていたが。
微妙なのは手を振る方向に留まらず、ルーク達の緊張感もまた微妙になった。
それはシンクも同じようで……
「っ!あんたはちょっと黙ってなよね!」
律儀にも返事をしてしまう。
「船へ走りますよ!」
「くそっ!何なんだ!」
その隙を逃すジェイドではなく、真っ先に船へと皆を促した。
「逃がすかっ!」
自分の失態に内心で悪態を吐いたシンクは、すぐさま後を追いかけて走り出した。
それなりに賑わう街中を疾走する逃亡?の最中、リスティアータはとっても困っていた。
「あ、あの…ジェイド…?」
「口を開いては舌を噛んでしまいますよ」
「は、はい……」
そう言われて一度は素直に黙るものの、やはり落ち着かなくてリスティアータは顔を上向ける。
「あの…どうして私、ジェイドに抱えられているんですか?」
そう。
ジェイドは皆を港へ促すと同時、暢気に首を傾げていたリスティアータを横抱きに抱え上げて駆けだしたのだった。
「この方が速いからですよ。一々椅子を押していてはあっと言う間に追い付かれてしまいます」
正論だ。
しかし、とにかく落ち着かなくて、リスティアータは無駄と知りつつ小さな小さな抵抗を試みる。
「で、でもイオン様が」
「イオン様はトクナガの小脇に抱えられていらっしゃいますからご安心を」
「私の椅子が」
「ガイが嬉々として運んでくれてますか万事問題ありません」
「………私、重くありませんか?」
「いえいえ全然」
囁かな抵抗は悉く笑顔で返されてしまい、リスティアータは眉を下げる。
「ふむ。私にこうされるのは嫌ですか?」
「え?」
交代とばかりにジェイドに問われ、リスティアータは内心できょとりと瞬いた。
「………嫌では、ありません」
「それは何よりです」
にぃっこり、とジェイドは至極楽しそうに微笑んだ。
と、
「ジェイド!真面目に走れっつーの!!」
やけに不機嫌なルークの檄が飛んだ。
それから少しして見えた港に一行が駆け込むと、ルークの姿を見留めたキムラスカ兵が声を上げた。
「ルーク様。出発準備完了しております」
「急いで出港しろ!」
「は?」
妙に素直な兵は、ルークの言葉に首を傾げる。
「追われてるんだ!急げ!」
そう再度怒鳴られて、兵が慌てて上げた桟橋にルークが捕まったのを最後に、船はケセドニアを離れていった。
執筆 20090411
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