漆黒の翼
降り立った大地の渇いた風に、リスティアータは口をハンカチで覆い、小さくケホリと咳をした。
「私はここで失礼する。アリエッタをダアトの監査官に引き渡さねばならぬのでな」
ルーク達と共にケセドニアの地に立ったヴァンが皆を見送るようにして言えば、ルークは少しだけ不服そうな顔をしたが、素直に頷きを返す。
「後から私もバチカルへ行く。それから、船はキムラスカ側の港から出る。キムラスカの領事館で聞くといい。ではまたバチカルでな」
駄々をこねる事のなかったルークに満足そうに微笑んだヴァンは、次いで複雑そうな面持ちのティアに声を掛けた。
「ティアもルークを頼んだぞ」
「あ…はい!兄さん…」
予想外に声を掛けられて、素直に返事をしたティア。
恐らく、それが本来の2人の姿なのだろう。
それを横で見ていたルークは、初めてティアが【ヴァン師匠の妹】に見えた。
ヴァンと別れた一行は、キムラスカ領事館を探してケセドニアへと足を踏み入れた。
その先頭をちょこまかと興奮状態で飛び回っていたミュウが、ルークの前に戻ってきてまた飛び跳ねる。「ご主人様、新しい街ですのっ!砂だらけですのっ!」
「……うるせぇ、ブタザル」
ティアから見たら無条件で可愛いと思えるその様も、ルークにとっては神経を絶妙に逆撫でられる。
と、苛立ちを何とか堪えたルークの後ろで、リスティアータがまたケホリと咳をした。
「まだ、どこかお加減でも?」
「いえ。少し喉が…」
「ケセドニアは空気が乾燥していますからね。リスティアータ様には合わないのかもしれません」
リスティアータの様子に合点をつけたジェイドに、イオンが心配そうに眉を下げる。
と、そんなルーク達の前を通り過ぎようとしていた1人の女が足を止め、声を掛けてきた。
「あらん、この辺りには似つかわしくない品のいいお方……v」
「あ?な、何だよ」
そう言うと同時、何とも徒っぽい声と派手な化粧、際どい切れ込みの妖艶な服装の女は、くねくねと体ごと絡まるようにルークへぴったりと寄り添う。
戸惑うルークを余所に、それを一番近くで目の当たりにしたアニスはぎゅわっと顔をしかめた。
【女の子】にあるまじき鬼のような形相は、幸か不幸か誰も見ていなかった。
「折角お美しいお顔立ちですのに、そんな風に眉間に皺を寄せられては……ダ・イ・ナ・シですわヨ」
勿体ぶるように言った女の顔は、次の瞬間盛大に引きつる。
「きゃぅ…アニスのルーク様が年増にぃ…」
明らかに【年増】の言葉に目つきを鋭くした女。
気にしているらしい。
そんな2人の攻防戦の横で、静かに戦う者がいた。
「………っ」
フィエラはハンカチて鼻と口を押さえ、必死で耐えていた。
理由は単純。
女の香水の匂いだった。
見た目も派手な女は香水も凄い。
人の好みに口を出すつもりはないが、元来よりキツい匂いが苦手なフィエラにとって、現在はかなり苦しい状況なのだ。
クロが心配そうにすり寄ってきても、今は撫で返す事も出来ない。
段々と頭がクラクラしてきたフィエラが申し訳ないが正直早く去って欲しいと思っていると、ジェイドがその青い顔に気づいた。
「リスティアータ様、大丈夫ですか?」
「リスティアータだって……?」
そこへ、予想外にも女がこちらへと向き直った。
しかし、その視線は厳しく、睨むようにリスティアータを見ている。
そして徐に歩み寄るなり顔を近づけ、リスティアータの全身をくまなく観察するように眺める。
片や女がより近くなってしまったフィエラはと言えば、更に強くなった匂いにもう何も考えられなかった。
平時の彼女であったなら、にっこり笑って挨拶するなり、女の鋭い視線の意味を察知するなり出来たのだろうが。
と、満足いくまで観察したらしく、漸く女はリスティアータから離れた。
「それじゃ、お邪魔みたいだからいくわネ」
そう言って立ち去ろうとした女を、ティアが阻む。
「待ちなさい」
「あらん?」
「…盗った物を返しなさい」
「へ?あーっ!財布がねーっ!?」
それを聞いたルークが慌てて懐を探るが、有るべき物に触れることはなかった。
「……はん。ぼんくらばかりじゃなかったか」
本性を現した女達(後に漆黒の翼と名乗った)とティアの攻防をよそに、フィエラはひたすらハンカチに顔を埋めていた。
執筆 20090411
あとがき
ゆにしあ的に淡い香水の匂いは好きだけど、CHANELとか派手な匂いは嫌い。
以前、香水ショップで香水に酔った苦い経験が未だにトラウマです(笑)
あ、でも柑橘系の香りはかなり好き。
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