Metempsychosis
in Tales of the Abyss

009

フィエラのもとには、時々贈り物が届く。
それはたくさんの本や裁縫道具、布、編み物用品、毛糸にパズル。画材が届いたこともあった。
以前はユリアの歴史書やらローレライ教団の成り立ちやら教典やらの預言預言な物ばかりで面白味がなく、指も触れない事も多かったのだけれど。
3年程前から趣向を凝らした物に変わって、毎日暇をもて余す身としてはとても助かっていた。

その日も贈り物があった。
届いたのは数冊の本。
1冊を手に取って読み始めると、童話の短編集であったそれは思う以上に面白い。
室内が無人なのをいいことに、本の世界へとのめり込んでいた。

───…油断、していた。

「こんにちは、リスティアータ様」

突然掛けられた声に、フィエラはパッと本から顔を上げ、

「っぁ」

襲いかかってきたそれに、堪えきれず椅子から崩れ落ちた。

「だ、大丈夫ですか!?」

慌てて駆け寄ってきた者の気配を遠くに感じながら耐えていれば、すぐにそれは終わった。
無意識に詰めていた呼吸を緩めて深呼吸する。
呼吸が落ち着きを取り戻した頃、リスティアータは傍にいる人物に微笑んだ。

「…もう、大丈夫です。ありがとうございます、導師イオン」
「すいません…僕の所為で…」
「いいえ。大丈夫ですから。ね?」
「はい…」

しゅんと俯いたイオンに苦笑してリスティアータが宥めると、イオンも少しは浮上したようだった。

「突然いらっしゃるなんて珍しいですね」
「あ、はい。今日は紹介したい子がいるんです」
「紹介したい子?」

イオンの手を借りて椅子に座り直したリスティアータが首を傾げると、イオンが後ろを振り向いた。

「アリエッタ」
「…はい、です」

アリエッタと呼ばれた子はとたとたと近寄って、足音がイオンの傍で止まる。

「初めまして、私はリスティアータと呼ばれているわ」

リスティアータがにっこり微笑んで名乗ると、その子は少し戸惑った様子でイオンを見る。彼が頷いたのを見て、ポツリポツリと声を出した。

「は、初めまして…導師守護役の、アリエッタ、です…」
「よく言えたね、アリエッタ」

まだ拙い口調で自己紹介したアリエッタの頭をイオンが優しく撫でると、アリエッタはぽっと頬を染めて嬉しそうに俯いた。

「お時間が大丈夫なようでしたら、お茶をご一緒しませんか?」
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「あ…ありがとう…です…」

お茶会の話題の中心は、やはりアリエッタの事が中心となった。
中でも魔物に育てられたのだと聞いて、リスティアータは大層驚く。
しかし、同時に少し……羨ましい。そうも、思ってしまった。

「アリエッタ。お母さん、好き?」
「?…はい、です」
「そう。ご家族を大切にね」
「はい、です。………」
「アリエッタ?」

黙り込んだアリエッタにイオンが声を掛けると、アリエッタは小首を傾げる。
そして、

「リスティアータ様、は…?」
「え?」
「リスティアータ様の、ママは…?」
「アリエッタ!!」
「っ…!?ご、ごめんな、さい…」

強く反応したイオンの声に、アリエッタがビクッと肩を震わせて謝った。
その反応を見て、イオンは『リスティアータ』についてある程度は知っているのかもしれないと思う。
勿論『導師』故に、なのだろうけれど。
イオンに怒られてすっかり落ち込んでしまったアリエッタに、リスティアータは優しく言った。

「私には、もうママはいないの」
「いない…です?」
「ええ」
「…ごめんなさい、です…」

自分が訊いた事に意味を理解して、アリエッタは更に落ち込んでしまったようだ。
暗くなってしまった空気を変えようと、フィエラは殊更明るく手を叩く。

「アリエッタにお願いがあるのだけれど」
「???」
「お顔を触らせてくれないかしら?」

リスティアータのお願いに、アリエッタは首を傾げた。
顔を触ってどうするのだろうかと。
困ったアリエッタがイオンを窺い見る。

「リスティアータ様は、アリエッタの顔が知りたいんだよ」

そう言われて、アリエッタはリスティアータが両目を閉じていることを思い出す。
所作に困った様子がなかったから、気が付かなかったけれど。
アリエッタはリスティアータの傍に移動すると、おずおずとその白い手を自らの顔に触れさせた。

そうしてアリエッタの顔を触りながら、フィエラは少し笑ってしまった。
眉を見事な八の字にした表情は、誰もが見ただけで「うー」っと唸っているのが聞こえてきそうだ。
ややあってリスティアータは手を離し、ふわふわと小さな頭を撫でた。

「ふふふ。ありがとう、アリエッタ。とても可愛らしいお顔ね」

アリエッタは自分の頭を撫でながら微笑んだリスティアータを見てぽっと頬を染め、持っていたぬいぐるみに顔を埋めたまま、コクリとひとつ頷いた。

「アリエッタは魔物に触れるの?」
「…はい、です…」
「凄いわねぇ。私にも触れるかしら」

アリエッタをなでなでしながら、興味があるの、とうきうきした様子で言ったリスティアータに、アリエッタも嬉しくなった。

「呼んでくる、です」
「まぁ、いいの?ありがとう、アリエッタ」

ぱたぱたと足取り軽く出て行ったアリエッタを見送ると、イオンが改めて頭を下げた。

「すいません…アリエッタが…」
「気にしていませんよ。とても良い子なのは解りますもの」

ふふっと笑ったリスティアータに、イオンもホッと息を吐いた。

その時だった。
イオンが表情を引き締め、真剣な声で訊いてきたのは。

「…リスティアータ様は、預言をどう思っているんですか?」
「え……?」

フィエラが突然の問い掛けに息を飲んだ。
何を訊くのかと、背筋が冷える。

「リスティアータ様、連れてきた…です」
「「!!」」
「ぁ…アリエッタ、ありがとう」

詰めた息を悟られぬように吐き出して、フィエラは椅子から立ち上がる。

「私から近くに行った方がいいのかしら?」
「そうですね。その方が良いと思います」

イオンに手を引かれて魔物の傍まで行くと、荒くはないが大きな、魔物らしい呼吸音が聴こえた。

「お名前はなんて言うのかしら?」
「ライガ、です…」
「そう。…初めまして。私はリスティアータと呼ばれているわ。よろしくね」

ふんわりと自己紹介したリスティアータに、イオンは目を点にした。魔物相手に真っ先に自己紹介する人なんて、後にも先にも彼女くらいだろう。
しかも、それでライガの纏う雰囲気も優しくなったように感じるのだから、不思議なものだ。

「お顔を触らせてもらえると嬉しいのだけれど…。触っても嫌じゃないかしら?」
「グルルル」
「…いやじゃないって、言ってる…です…」
「まぁ、嬉しいわ。ありがとう、ライガ」

本当に嬉しそうに笑ったフィエラが手を前に伸ばせば、ライガの方から鼻先を彼女の手に擦り寄せる。触れた鼻先をさわさわと撫でると、ライガが喉を鳴らした。
クスクス笑ってアリエッタが「擽ったがっている」と教えてくれたりしながら、鼻先から人間にするのと同じように顔に触れていく。

「あら?」

それは輪郭を撫で始めた時だった。
指のみならず、掌に触れたもふっとした柔らかい何か。
あまりにもふもふで、柔らかくて、もふもふで、気持ちよさそうな、それ。
フィエラは何度も撫でてはもふもふ、撫でてはもふもふした末に、堪えきれず首筋に抱きついた。
もふっと上半身を包まれて、うっとりとすり寄った。

「アリエッタ、このもふもふは何なのかしら?」
「もふもふ…たてがみ、です」
「まぁ…、立派な鬣なのね」

褒められたライガも嬉しそうに喉を鳴らす。

「まぁ、猫ちゃんみたいね。可愛いわ」

魔物の首筋に抱きついたままでのほほんと言ったリスティアータに、そんな事を言えるのは彼女だけだろうとイオンは思った。
同時にやはり浮き世離れした人だ、とも。

まぁ、とは言え、

「…はい、可愛い、です…」
「アリエッタも、とっても可愛いわよ」

二人が楽しそうなら、

「あ、ありがとう、です」
「ふふふ」

自分も嬉しいから…────。


再執筆 20080721
加筆修正 20160410

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