アビスのがらくた置き場には、ときどき掘り出しものがある。明らかな廃棄物のものもあるが、そういった類のものは、アルファルドがこのガルグ=マクを去った後に管理者の一人となったアレシアが全て整頓して捨てている。稀に傷薬や毒薬の瓶の破片などが落ちていたりと、子どもも出入りする場所なのにわりと洒落にならないものも落ちていたりするので、アレシアが進んで整頓を申し出たのだ。
アビスの皆が夕餉を取っている頃、アレシアは誰もいないのを見計らってがらくた置き場の整頓を始めた。今日も武器を主にさまざまな廃棄物が置かれているが、幸いにも瓶やその破片といったものは見当たらず、ひとまず安心する。
小さな木箱がたくさん積まれいるのを見て、ひとつずつまだ使えそうなものとそうでないものの仕分けを始めた。
「痛っ」
ピリッっと走った痛みに驚いて思わず木箱を取りこぼしてしまうと、案外派手な音を立てて木箱が地面に転がった。その木箱をよく見ると、隙間から燭台の光を受けてキラキラと輝いている硝子片のようなものが見えている。右手の人差し指の切った部分を見ると赤い鮮血がみるみるうちに滲んできていた。不運にも、アレシアは治癒術や状態異常回復の術を会得していない。試しに心の中でライブを唱えてみたが、当然のように不発で終わる。
「どした?」
木箱の派手な音を聞きつけて来たのか、背中からユーリスの声がした。アレシアは振り向くと真後ろで自分の手元を覗き込んでいたユーリスと目が合う。その手には書物が持たれていて、返却しに行こうとしたのか、はたまた持ってきたのか、どちらにせよ男子部屋を通過するこの場所にわざわざ来てくれたのか、とアレシアは少し申し訳なく思いながらも、人差し指の傷口を見せた。
「指切っちゃったの。ライブしてよ〜」
「はあ、大丈夫だろそんくらい。舐めときゃ治る」
手をひらひらと振って踵を返すユーリスに、アレシアは眉を下げながら先程落とした箱を見てその場に膝をついた。箱には薬品の名称らしきものの明記がなく、毒薬の瓶が転がってたことは過去に一度だけではあるが前例があるので、もしかしたらということもなくはない。アレシアはうーん、と唸りながらユーリスの背中を振り向いた。
「……でも、薬品の入ってた箱で切っちゃったから、舐めたら危なくない?」
「……仕方ねえなぁ、見せてみろ」
なんだかんだで優しいユーリスにアレシアはつい甘えてしまう。横へ同じようにしゃがみこんだユーリスに木箱を見せると、指も、と言われて右手を持っていかれた。
「これで切ったのか?」
「そう」
中身を確認しているのか木箱をくるくると回転させたり覗き込んだりしたあと、うん、とひとつうなずく。本当にわかったのか?とその顔をじっと見つめているとユーリスは視線をアレシアの指に移した。それをそのまま自分の口元に持っていくと、ちゅ、と音を立てて血が滴っている場所を吸った。
「は……っ!?」
あまりに突然すぎる出来事にアレシアが混乱していると、それを見かねたユーリスがふ、っと笑って首の角度を変え、そこを舌で舐め取り、またちゅ、と吸う。
「うぇ〜、血の味〜」
そう言いながらもにやりと笑ってその赤く染まった舌を出す。アレシアにはそれがとても艶やかに見えた。何か言おうと思っても言葉が出ない。お礼は違う気がする、怒るところ?と脳みそを整頓してるアレシアの右手を引いて傾いた体を、ユーリスは引き寄せて唇を重ねた。
唇が吸われる音と唾液の混じり合う音が、この倉庫に響く。互いの呼吸が荒くなりかけたところで、最後にユーリスがアレシアの唇を吸って離れた。
「はい、共有」
「……もー!」
口に残る血液特有の鉄のような味で、口付け後の甘い気持ちは全てかき消された。ユーリスはアレシアの頭をぽんぽんと叩くと立ち上がって倉庫を出ようと入り口へ向かい、振り向くとにやにやとした締まりのない顔で自分の頬を人差し指で叩いた。
「アレシア、今ひっどい顔してるから、しばらくここから出るなよ」
「誰のせいよ!」
ははは、と軽い笑いと共にユーリスが姿を消した方向を睨んで、それからふと自分の人差し指に目を向けた。傷口がすっかり塞がってて、ただからかわれただけじゃないんだな、と思うと途端に全てを許してしまった。
(あ、お礼…言いそびれちゃった)
そろそろアビスの皆が夕餉を終えて就寝の用意をする時間だ。それまでにここの掃除を終わらせようと、アレシアは再び意気込んだ。
甘くて甘くない
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