毒される

スリーセブンで働き始めて早1年。
大学2年生になった私も、去年の春に比べれば大分仕事が板についてきた。
最近入ってきた新人の仁井くんにも、指導ができるまでに成長した。
バイトで大変だったり、嫌になったりすることもあるけれど、なんだかんだで私はこの仕事が好きだ。
あの店長には毎度殺気を堪えるのが大変だけど。

今日はバイトがないため、高校のきから仲が良い男子と会う約束をしていた。
家も近く、先週彼から自分の好きなアーティストのCDを借りていたため、その返却も兼ねて、少し立ち話でもしようかと考えていた。
駅前に18:00に待ち合わせていた私は、その5分前に到着した。
昔から待ち合わせ時間5分前には必ずいる癖は、私も彼も変わっていないらしい。

「おっ、さすが5分前ぴったり」
「お互い変わらないね」

なんてへらっと笑う。
私は手に持っていた紙袋を差し出し、中に借りていたCDが入っていることを伝えた。
あと、お礼にちょっとしたお菓子も。

「あ、これ、最近話題のケーキ屋のお菓子?」
「そうそう!これ、本当に美味しいから食べてみてよ」
「うっしゃ、さんきゅー」

たわいも無い会話だが、これがいつもの調子。
会おうと思えば会える距離だし、長くゆるい付き合いだから、それなりに色んな話もする。
それだけあって、わりとこう、フランクな関係で。
周りからはよくカップルだと間違われる。

「あ、そういえば俺昨日給料日だったんだよ。なんか奢ってやる」
「えっ、本当!?じゃあ、奢ってもらおうかな!」
「あんま高いのはお断りだけどな」
「任せといて!」
「んじゃ、そこらへん歩いて適当なとこ入るか」
「あざっす!」

そう言って、歩き出した時だった。
丁度振り返った視線の先にうつる、質素な格好をした人の姿。
それはどこか見覚えのある格好だった。
黒のTシャツに、白のズボン。
この人混みでも、どこか異彩を放ち目立っているような気がした。

「仁井、くん…?」

その姿はやはり仁井くんで、こちらへ走って来ていた。
どうしたんだろう?
仁井くんが急ぐだなんて、滅多にない。
これは珍しいぞと不思議に思っていると息をあげた仁井くんが、私の前で止まった。
その途端サァッと青ざめる。
ま、まさか、私今日バイトだった!?
ちゃんと確認して今日のバイトは休みだと把握していたのに、まさか日程がずれていたとか!?
いや、まさか、そんなはずは…。

「ど、どうしたの?仁井くん…」
「はぁっ、はぁっ…」

とりあえず肩を上下させる仁井に聞いてみる。
隣にいた彼も驚いた様子で仁井くんを見ていた。

「っ…#名前#さん、借りてもいいですか」
「え、なにどうしたの?」
「え?あ、あぁ、俺は大丈夫だけど…」
「では、遠慮なく」
「えっ、ちょ、仁井くん!?」

彼には許可を取っておいて、私には選ぶ権利もないの!?
ってことは、やっぱり今日バイトだったの!?
嫌な予感が頭の中をめぐる。
私は引っ張られるまま、仁井くんの後をついて行った。

走ること数分。
仁井くんに繋がれていた手は離され、互いに息をあげ、肩を上下させていた。
人気のない路地裏につれこまれるもんだから、全然良い予感なんてしない。

「はぁ、はぁっ…も、なに?急にひっぱって走り出して…」
「っ…すいません。ど、しても…見過ごせなくて…」
「な、なにを…?」

少なくとも彼がいつもの冷静な状態でないことはわかる。
私は若干背中に冷や汗をかきながら、彼の答えを待つ。

「仁井くん…?」
「今の人、#名前#さんのっ…彼氏、ですか?」
「へっ?」
「嘘とか誤魔化しとかならいりません」
「ご、誤魔化しも何も、あいつとはただ高校から仲良いってだけで、彼氏とかそういうんじゃ…」
「本当ですか」
「本当だよ!嘘言わないでって言ったの、仁井くんだよ?」
「っ…、はぁあ…」

そう言うと大きなため息をついて、その場にへなへなとしゃがみこんでしまった。
一体彼はどうしたのだろうか。
驚いて私も一緒にしゃがんで、彼の顔を伺う。

「仁井くん、大丈夫?」
「…大丈夫、じゃないです。はぁ、柄にもなく追いかけるなんて…」
「ん?私、何かしたかな!?」
「…違います、いいんです。こっちの話ですから」
「そ、そう…?」

仁井くんが何にため息をついていたのかは分からないままだけれど、とりあえずバイトの件ではなさそうだ。
良かった、大遅刻とかじゃなくて。
それが分かっただけで、つい無意識ににへらっと笑ってしまう。

「…何笑ってるんですか」
「ふふっ、仁井くんってば、慌てて走ってくるから何事かと思って。でもね、あの時の顔が珍しく必死な顔で、かっこいいなって思っちゃった」
「…そう、ですか」
「うん、そうなの。ふふっ、あはは!おかしい、私バイトに大遅刻してるのかと思って、一瞬死を覚悟したね」
「いっそ、1度死んでみてはいかがでしょうか。戒名料、ありがたく頂戴いたします」
「え、なにそれひどい!ていうか、なんで上から目線なの!」

冗談です、なんて言う彼の目が結構本気だったのは何だったんだろう。
深く追求したかったけれど、余計な詮索はよくないことを招きそうだ。
またいつもの調子に戻った仁井くんに安心しつつも、若干の恐怖を覚えながら立ち上がる。

「#名前#さん、誰にでも見境なくベタベタするのは良くないですよ」
「え?」
「#名前#さんは何とも思ってなくとも、相手はどうか分かりませんから」
「な、なに?急に…」
「いい加減、気づいてもいい頃なんですが…。相当手強いみたいですね、あなたという人は」

仁井くんがじりじりとこちらに近寄ってくる。
まずい、これは彼の逆鱗にふれた時の顔だ。
とりあえず逃げ場だけは確保しようと、横へ横へとゆっくり移動していたが、それを仁井くんは許すはずもなく、壁に追い込まれてしまった。

あぁ、これが所謂壁ドンなのですね。
でも、全然萌え要素がないよ!
相手はなんてったって、仁井くんですから。

「に、仁井、くん…?なにかな」
「さぁ?なんですかね」
「ちょ、ちかっ、近いんだけど…」

じりじりと詰め寄ってくる彼の顔。
微動だにしない無の表情が、尚更恐怖を掻き立てる。
も、もうだめだ。
ち、近いっ…。

「…そんな怯えなくともいいです」

そう言われても…。
彼の顔を直視できずにいる私は、目をぎゅっとつむったまま。
今の彼の言葉に信用性はない。

「これから意識させればいいことですし、今日は良しとしましょう。…ですが」
「わっ…」

目を開けなければよかった。
するり、と私の髪を手にすくう。
それがくすぐったくて、少し肩をすぼめる。
それを見た仁井くんが嬉しそうにニヤリと笑った。
あぁ、これが不敵な笑みっていうんだろうな。

「#名前#さん、いつまでも僕を年下だと思って甘く見てると痛い目見ますよ」
「あ、甘く見てるなんて、そんなこと…」
「それじゃあ、言い方を変えますね。いい加減、僕の気持ちに気づいてください」
「仁井くっ…!」

彼に詳細を聞こうとした途端、ぐっと顔の距離が縮まる。
気づけばいつの間にか仁井くんと私の唇は重なり合っていた。

初めてのキス。
小さい頃に夢見たファーストキスのシチュエーションなんて、今では懐かしい思い出に過ぎない。
けれど、少し強引な王子様に憧れを抱いたあの頃の私はまだ残っているようで。
許可なしに奪われた唇だったけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

そして彼は、耳元で意地悪く囁く。

「#名前#さん、もう後輩だなんて思わせるつもりないですから」

うるさく脈打つ心臓。
熱い頬。
なにもかも、彼が原因だと知るにはそう遅くなかった。

「覚悟しててくださいね」

にっと不敵な笑みを浮かべる仁井くん。
私は恐怖さえ覚えるけれど、彼がほんの少しかっこいいと思ったことは事実。
少しずつ変わりゆく彼への思いに戸惑いがないと言えば嘘になるけれど、
それでも、信じてみたいと思ってしまった。

「お手柔らかに…」

妙な返事しかできなかったけれど、
仁井くんはそれにまた少し笑った。

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