ここだけの話

仁井くんことニーチェ先生は、いつどんな時でも無表情である。
しかしながら、長い付き合いともなると、若干の表情の変化が読み取れる。

「仁井くん、おはよう。今日も夜勤二人でがんばろう!」
「その無駄に前向きな思考は、一体どう考えたら出てくる答えなんでしょうか」
「仁井くん、日に日に私への罵倒が悪化していってるね…」

今も罵倒はしているけれど、口角は少し上がっている。
この表情を説明すれならば、私をいじって楽しんでいる、という解釈で間違いないだろう。
仁井くんはああ言うけれど、勤務態度は真面目だし、いざとなれば凄く頼りになる。
それはよく飲み飲みに行く松駒さんも理解している。

「最近仁井くんとシフト一緒になること多いよね。私、結構嬉しいんだ」
「…そうですか」

あ、仁井くん、ちょっとだけ笑った?
口角がいつもより少し上がったような…。

「な、んですか」
「ふふっ、なんでもない」
「気持ち悪いです。…気持ち悪いです」
「二回言わなくても聞こえてるよ!」

またいじられてしまった。
これじゃあ先輩としての面目丸つぶれだよ、なんて言えば、先輩としての役目をきちんと果たしている人が言う言葉ですよと鋭く尖った言葉で返された。
心が痛いです。

「でも、仁井くんがここに来てもう半月経つんだよね。早いなぁ」
「#名前#さんを先輩として敬うべき人だと理解するのに、しばらく時間がかかりました」
「仁井くん、それどいういう意味!」
「深い意味はありません。そのまま受け取ってもらって結構です。あ、それとも日本語まで不自由になってしまわれたのですk…」
「もういい!ちがうもん!」

店内にお客さんはいなかったのが唯一の救いだ。
お客さんがいる中、仁井くんを怒鳴ったらびっくりされるだろうし。

「…でも、仁井くんと一緒の夜勤って安心する。女の子同士じゃちょっと不安だし、男の子だったら何かあっても頼れるからね」
「…」
「仁井くん?」
「それは、僕だからとかいう理由じゃないんですね」
「え?」
「特別誰がいいとか言うんじゃなくて、男だったら誰でもいいってことですよね?」
「ち、違うよ!仁井くんは、シフト一緒になること多いし、私の勝手な思い込みだけど、バイト組の中ではお互いよく知ってる仲だから、やりやすいよねって話で…」
「…そう何度もシフトが偶然合うと思ってるんですか」
「え…?」

なに、それ…。
仁井くんが一気に喋るもんだから、ペースが乱れてしまう。
彼が言いたいことはなに?
シフトが一緒になるのは、偶然じゃないの?

「いらっしゃいませ」
「あっ、い、いらっしゃいませ!」

も、もう、わけわかんないよ。
だって、仁井くんは前に私とシフトが一緒だと露骨に嫌な顔してたよね?

「に、仁井くん、さっきのって…」
「分からないのなら、無理に分かろうとしなくて結構です」
「そ、そんなことっ…」

そう言いかけて、先ほどのお客さんが会計に来てしまった。
それを対応する仁井くんは、いつも通りの変わらない彼で。
結局その日は彼から何も聞けないまま、バイトを終えてしまった。

翌日バイト先に手帳を忘れたのを思い出して慌てて取りに行ったら、
手帳の中から小さく四つ折りにされた紙が入っていた。
不思議に思い、小さく折りたたまれたそれを開いて見てみる。

‘‘仁井智慧 090-***-***’’

彼の電話番号だ。
連絡先、そういえば交換してなかったっけ。
いつも仁井くんとの会話に夢中で、聞きそびれてたんだ。
あれ?まだ下に何か聞いてある。

‘‘昨日のことはそこそこ気にしておいてください’’?

なによそれ。
不覚にもふふっとつい笑みをこぼしてしまう。
それを見ていた松駒さんが私を見て不思議な顔をする。

「どうかしたんですか?」
「いえ、何でもないです。松駒さんは今日早いんですね」
「そうなんですよ。仁井くんに最近シフトを交換して欲しいと頼まれるんです」
「え?」
「いやね、大学の都合でって言うんだけど、どう考えても今大学は夏休みでしょ?そんな毎日通うことあるのかなって思ったけど、仁井くんのことだから分からないよね。無理に本当に学校なの?っても、聞けないしさ」

顔から火が出ているんじゃないかと錯覚するくらい、自分の体温が上昇していくのが分かる。
彼が言いたかったことがようやく分かった。
仁井くん、理解力のない先輩でごめんね。
でも、どうしよう…。

「あれ?#名前#ちゃん?」
「わわっ、私、が、学校なので!」
「えっ、あ、いってらっしゃい!」

今日の夜勤、どんな顔で会えばいいの!


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