願い

私の好きな人は今も昔も何も変わらない。
強さを求めて、父の背中を追いかけてる。
私のことなんか、これっぽっちも視界に入れてなんかない。
私がどれだけ彼を思おうと、私がどれだけ彼に尽くそうと、どれだけ神様に願おうとも、彼の見ている世界には私はいないんだ。

「ここを、出て行こうと思うの」

もう余計な期待をするのは疲れた。
あなたに優しくされるたび、
あなたと視線が交わるたび、
あなたに触れられるたびに期待してしまうの。
彼はそんな気はないと言い聞かせても、跳ね上がってしまう心音。
あなたにとって私はどんな存在なの?
それすらも聞くことができない臆病で弱虫な自分に嫌気がさす。

もうこれで終わりにしたいの。
あなたにこの気持ちを伝えてしまえば楽になれるかもしれない。
あなたに全部吐き出してしまえばいいのかもしれない。
素直になってしまえば楽になれるかもしれない。
けど、どうせ叶わぬ恋ならばそんなことをしても無駄なのだ。
余計に思いが募り、また彼の背中を追いかけてしまうだろう。

それならば、いっそ彼が見えないとこへ行こう。
そうすればきっと、この気持ちにも諦めがつく。
会うことも話すことも叶わない世界でなら、私は楽になれる。
きっと、きっとよ。

「だから、一郎彦。今までありがとう」

精一杯の作り笑い。
ちゃんと笑えているだろうか。
顔はひきつっいていないだろうか。
彼に、バレてはいないだろうか。

「何で人間界に…」
「…ずっと前から、思ってたの。元の世界で生活したいなって」

嘘、そんなわけないの。
本当はあなたとずっと一緒にいたい。

「それに、好きな人も…できた」

違うのよ。
今も昔も私はずっとあなたを見てる。
振り向いてもらえなくとも、あなたをずっとみてた。

「…」
「それじゃあ、ばいばい。さよなら」

これで終わりだ。
ぜんぶ、あなたとのことを思い出にして、前に進むの。
いい加減、あなたばかり思うのは疲れた。

「お前、九太のことそんなに好きだったのか」
「は?なに、それ…」
「やっぱり噂は本当だったんだな。あいつが人間界に戻ってから、お前の元気がないって他の奴らが言ってた」

なんなの、それ。
そりゃ九太が人間界に戻ったのは寂しいよ。
寂しかったよ、相談相手だったし。
でも、好きな人は九太じゃない。
なんであなたに決めつけられなきゃいけないのよ。

「違うよ、九太は私の…」
「もういい、いいよ。そんなに好きなら、どこにでも行けよ。お前とあいつは、似合ってるよ」
「え…?」
「俺はお前なんかどーでもいい。勝手にすればいいだろ。お前の別れを惜しむほど、俺はお前に思い入れはない」

心が壊れるおとがする。
聞きたかったのはそんな言葉じゃない。
見たかったのはこんな光景じゃない。
堪えていた涙がとめどなく溢れてくる。
せっかく笑って別れようとしたのに、どうして?

「私は、一郎彦が好きだよ」

もうどうにでもなってしまえ。

「今も昔もずっとそう。でも、あんたは全然気づかないし、私のことなんか見てない」
「なに言って…」
「ぜんぶ本音。今も昔もずっとあんたばっかり見てた。でも、あんたはあたしのことなんかこれっぽっちも気にしてなかったんだね」
「#名前#…」
「最後くらい笑ってさよならしたかったよ。…ごめん、こんなの、迷惑だよね」
「ふざけるな」
「っ!?」

不意に引き寄せられる体。
私以外の温かい体温に触れる。
それはひどく温かくて、優しくて、心地よかった。
でも、こんな中途半端な優しさはいらない。
きらいなら、何も思ってないなら、冷たく引き離してよ。

「な、して…離して」
「はっ…俺もお前も、お互い勘違いしすぎ。#名前#が九太と仲良いって、みんな揃ってできてるなんていうから、お前は俺のこと見てないと思ってた」
「っ…」
「…行くな。俺にはお前が必要なんだ」

ハッピーエンドなんて、おとぎ話の世界だけだと思っていた。
誰もが幸せになるわけじゃない。
現実は厳しいものだとどこかで割り切っていた。
けど、それでも、どうしても諦めきれなかった。

「一郎彦っ…」

いつも近くて遠い距離で見ていた彼が、今ではこんなにも近くに感じる。
夢に見た幸せ。
夢に見たあなたからの言葉。

どうか、お願い。
私が、あなたが、この命をまっとうするまで、ずっと一緒にいられますように。


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