「ナマエ 、少し散歩でもしないか?」 深夜。 とっくに就寝時間を過ぎた時刻にエルヴィンはやってきてこう提案してきた。 ■□■□■ ナマエ は調査兵団に薬などを売りに来る薬屋の娘だ。エルヴィンともその繋がりで知り合い、今では恋人となった。 立場のある彼とは仕事中であるときにしか会う事がなかなか出来ない。こうして深夜に罰則を破って兵団の外へやってきたのが実に驚きだ。 「いつぶりだろう、こうして会って話すのは」 「たぶん、3カ月ぶりぐらいじゃないでしょうか」 「随分時間が空いたな」 手を繋いで2人で歩く。彼のゆく方向についていくと一面に草が生い茂った原っぱの様な所だった。 若草を柔らかい光で照らす満月。 「す、ごい…!綺麗!」 「はは、そう言うと思って連れてきた。」 ふと、エルヴィンを見るとその表情が笑っているのにどこか憂いを含んでいる事に気がついた。 「エルヴィンさ…」 「ナマエ …俺の話を少しだけ聞いてくれ…。」 「……」 エルヴィンが口にした「俺」。付き合ってから少しして気がついた。勤務中に会ったときは「私」。勤務外などのときに会ったときは「俺」と一人称を変えている事に。 なぜかと聞いたら「仕事とプライベートで使い分けているだけだよ」と気恥ずかしそうに教えてくれた。 つまり、今から話す内容は「団長」としてではなく「エルヴィン・スミス」として聞いて欲しい話であるということだろう。 「俺はきっと…君を不幸にする可能性の方が高い。立場上、いつ死んでもおかしくない。死ねばナマエ を一人にしてしまう。悲しませるぐらいならすぐにでも分かれて普通の男と幸せな暮らしをさせるべき。…それが分かっていながら君を手放せないのは俺の我儘だ。」 いつも真っすぐに前だけを見据えている碧眼がゆるりと揺らいだのが分かった。握りしめられた手が放したくない、放れないでくれと訴えるように強くなっていくのが分かる。 「……すまない、ナマエ 。」 ゆらぐ彼の儚い笑顔にナマエ は自分の手を握っているエルヴィンの手を強く握り返した。 「なんで謝っているんですか!私はエルヴィンさんだから幸せになれるんです!それにもしあなたが死んでしまっても私はあなたにたくさんのものを貰っています!」 エルヴィンはたくさんのものをくれた。 それは形があるものではない。 想いや言葉。 優しい眼差し、愛でてくれる手、温かい温もり。 「だから…だからそんな事言わないで下さい!!」 泣き出しそうになりながら俯くとエルヴィンが自分の顔を手で覆った。 「まったく、……どうかしていたよ。」 自嘲の笑みを浮かべ深く息を吐く。静まり返ったその場に片膝をついて頭を垂れる。その行動に驚いているとエルヴィンはナマエ の手の甲へ自分の唇へと近づけた。 「心臓はもう捧げてしまったからね。代わりに…」 チュと手の甲に落とされた唇。 まるで幼少期に読んだメルヘンなおとぎ話の様だ。 しかし、彼は王子様ではない。私だって姫といえるような身分ではなく、よくて小間使いと言ったところであろう。 それでも…。 「私は、あなたが好きです。エルヴィンさん」 「あぁ、俺も愛してる」 この物語の王子様とお姫様は私たち。 捧げられた口付に誓う様にナマエ はエルヴィンの唇へと自らキスをした。 君の手の甲へアンブラッセを贈ろう |