10 | ナノ
※過去捏造で兄妹設定


 物心がついた頃から、ナマエの隣にはいつも十歳上の兄――リヴァイの姿があった。彼らの父親はナマエが生まれる前に流行り病で亡くなり、母親はナマエが産まれて間もなく行方がわからなくなったという。つまり、ナマエには両親に関する記憶が一切なかった。
 だが彼女は、それを不幸だと思ったことは一度もない。両親がいないことはナマエにとって当たり前のことだったし、何より、兄と一緒にいられるだけで充分に幸せだった。それ故に、ナマエがこの世に生まれてからもうすぐ七年の月日が経とうとしていたが、彼女にはこの暗い地下街で暮らすことも何の苦にも感じなかった。

「ナマエ」
「ん?」
「今日の仕事、お前も一緒に来るか?」
「えっ!本当に?」

 兄からの突然の提案に、椅子に座っていたナマエは弾かれたように勢いよく立ち上がり、丸く大きな瞳を期待に満ちた色で染める。その反応にリヴァイは小さな笑みを浮かべ、「行くなら早く着替えろよ」と言いながら自分も仕事道具の支度に取り掛かった。
 リヴァイは靴磨きの仕事をしている。その主な客は地下街ではなく地上の街に住む人間だったが、時には貴族たちを相手にすることもある。人から馬鹿にされることも多く、あまり収入の良い仕事とも言えないが、リヴァイはこの仕事を何年も続けていた。

「うーん、どの服がいいかな……」

 普段のナマエは、リヴァイが仕事へ出ている間はどこにも行かずに家で大人しく兄の帰りを待っている。いくら住み慣れてるとは言え、この掃き溜めのような地下街をナマエのような少女が一人で歩き回るのは危険だという考えもあり、リヴァイはナマエに一人で家の外に出ることを固く禁じていた。
 本来ならば今日だって自分の仕事にナマエを連れて行きたくはなかったが、日頃からほとんどの時間をこの家の中で一人にしてしまっているナマエには申し訳ないという気持ちがある。それにナマエのこの喜びようを見ていると、たまにはこんな日があってもいいだろうと、リヴァイは自分に言い聞かせることにした。







「お客さん、いっぱい来るといいね!」
「ああ、そうだな」

 ナマエと手を繋ぎ、地上へ向かう路地を歩く。二人の家は地下街の中でも奥まった場所にあるため、地上へ出るにはかなりの距離を歩かなければならない。だがナマエはそのことを気にする様子もなく、とても楽しそうにはしゃいでいた。
 そんなナマエとは反対に、リヴァイは先程から自分たちに注がれている視線に思わず眉をひそめる。『おい、リヴァイがいるぞ』『隣にいるのは誰だ?』『馬鹿、あんま見てるとやられちまうぞ』などという声があちこちから聞こえてくるが、どうやらナマエの耳には届いていないようだった。
 声のする方へ視線を向けると、こちらを見ていた人影が一斉に身を潜める。まったく、相変わらず鬱陶しい奴らだ。心の中でそう悪態を吐きながら、リヴァイは小さく舌打ちをする。

「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや、何でもない……」

 ナマエは何も知らない。リヴァイが靴磨きとして仕事をする裏で貴族たちから金品を奪い取っていることも、この地下街では有名なゴロツキだと恐れられていることも、いつも兄の帰りを家で待っているだけの少女にはきっと知る由もないことだろう。
 人を疑うことを知らない、あまりにも無垢な子ども。だがリヴァイにとってはこの少女こそがこの世で誰よりも愛おしく、たった一人のかけがえのない存在だった。



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