10 | ナノ
「ねえ」
「ん?」
「私の願いって、贅沢かな」

とある晴れた休日。日当たりの良い草の上にベルトルトと二人で並んで座って、各々の時間を過ごしていた。
彼は本を読んでいて、私は絵を描いていた。今までここからの眺望を描いていたけれどなんとなく飽きてしまって、横で静かに読書をするベルトルトを描いてみようと、紙をめくった。ベルトルトの横顔をこっそり盗み見ながら描いていた時にふと思ったことを尋ねてみたことで冒頭部の会話に繋がる。

私の問いかけにベルトルトは本から顔を上げた。まっすぐな視線が私に注がれる。

「どんな願いなの? 」
「…笑わない?」
「うん、笑わない」

口元に穏やかな弧を描き、本に栞を挟んで閉じて地面に置いた。その動作の間もベルトルトは絶えず穏やかな優しい表情を浮かべている。

「私ね、どんな世界でもいいから」
「うん」
「これからもみんなと笑いあっていたい」
「うん」
「みんなと一緒に、生きていきたいっていうのが、私の、願い」

そう言いながらも、この世界ではそれは望めないだろうと自分の口から出てる言葉と、矛盾した考えが心の中で渦巻いていた。
第一、兵士である私にはそれを望むことすら難しい。みんなと生きて行きたいと、どんなに願っても、私たちは兵士だから命を懸けて戦わなければならない。私たち兵士には、平穏な未来を望む権利すらないように思えてくる。自分で選んだ道なのに、まさかこんなことで悩み、自分で自分の首を絞めることになるとは。

「一兵士の私には贅沢な願いかなー」

自嘲気味に漏れた本音を、ベルトルトは直ぐ様否定した。

「そんなことはないと思うよ。」
「そう?」
「うん。僕たちにも、それくらいを望む権利はあるんじゃないかな」

目を細めて優しく微笑む彼は、いつも私が欲しい言葉をくれる。今回もそうだ。私たちにも権利がある。私はそう言って欲しいと心の奥底で思っていたんだ。だから私は、無意識のうちにベルトルトに打ち明けよう決めていて、今日こうして話題に挙げたのかもしれない。自分の考察に妙に納得した私は、この願いが叶うかはどうであれ、どこか清々しい気分だった。ベルトルトから視線を逸らして、さっきまで描いていたここからの眺めを改めて見る。心なしか世界が明るく見える。

「それに、もしそれが贅沢な願いなら、僕はもっと贅沢な願いをしているよ」

相談しておいて勝手に自己解決していた私だったが、ベルトルトはどうやらまだ親身になって考えてくれていたらしい。自分にも私みたいな願いがあると伝える事で、私が自己嫌悪に陥らないようにフォローしてくれているのだろう。彼は本当に優しい。

「そうなの?どんな?」

フォローとは言え、ベルトルトにも願望があるとは意外だ。故郷に帰る以外、欲のなさそうなベルトルトの願いとは一体何だろう。密かに湧き上がる興味を悟られないよう、視線はそのままに内容を尋ねる。

「んー、ナマエの側にずっといられるように、かな」

予想外すぎる回答に思わず隣に視線ごと意識を持って行かれる。心拍数も急上昇して、一気に体は活動状態に。交感神経がガンガンに働いているのだろう。おそらく大きく開いてるであろう瞳孔から、ほんのりほっぺを染めたベルトルトが大きな手で顔を覆う姿が見えた。染まったほっぺは隠れたけど真っ赤になった耳は隠せていない。
やめてくれ。見ているこっちが恥ずかしくなる。

「ねえ」
「…なに」

くぐもった返事が返って来る。どんな顔をして顔を上げるか気になって、ずっとベルトルトを見つめる。見ていても顔を上げてはくれなさそうだ。それならば、と緊張で震えそうな声をうまくコントロールして聞いてみる。

「それ、贅沢な願いじゃないと思う。それに、すぐに叶うと思う」
「…そうかなぁ」
「うん。だって、もしそれを、私も望んでいたとしたら?」
「え?」
「私も、ベルトルトの側にずっといたい、なんて」

結局声の震えを抑えきれなくて、今度は私が顔を覆いたくなるほど恥ずかしくなって、座り方を体育座りに変えて目の前に出来た膝の山に顔を押し付けた。顔だけじゃなくて、全身が熱い。こんな状態見られませんように!と祈るものの、視線を感じる。恐る恐る、ばれないように少しだけ顔をズラして様子を伺うと、案の定、いつの間にか顔を上げたベルトルトが先ほどの私のようにこちらを見ていた。形勢逆転。

「ナマエ、耳真っ赤」
「言うな」

優しい穏やかな風が私たちを包むように吹く。少し草を踏む音が近づいて、やがて隣に人気を感じた。人気を感じた方からうっすらと温もりが伝わってくる。多分ベルトルトの温もりだろう。いや、そうじゃなかったらむしろ何なのかとなる。ほんのりと温かみを帯びる半身の少し上から声が降ってくる。

「ねえ、これからも、一緒にいていい?」

縮まった距離のせいでベルトルトの声が、存在が、温もりがさっきよりも近くに感じる。
どくどくと音を立てる鼓動に気づかれてしまいそう。

「…分かってるくせに」

確信犯な質問をして来たベルトルトを少し困らせてやりたくて、赤くなった私から意識をそらせたくて、肯定の意を添えてベルトルトのほっぺにキスをした。



続く日も君とありたい
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -