もう何度目かもわからない絶叫が、曇天に響きわたる。 初めて生で見た巨人は、それはそれは大きくて、形容し難い程に不気味な顔をしていた。わたしなんか、あっという間に丸呑みできるくらいに大きな口が、先輩兵士を呑み込んでいく。巨人が口を閉じた瞬間に口に含みきれていなかった右足が、ごとりと音をたてて私の目の前に落っこちてきた。自分でも不思議なんだけれども、わたしは泣くことも叫び声をあげることも震えることもせずに、ただ淡々とその一連の光景を他人事のように見つめていた。先程まで、緊張でガチガチだったわたしを励ましてくださった先輩は、既に巨人の胃の中なのだろうか。ようやく、目の前の出来事に頭が追い付いてきた頃に、わたしは今まで体験したことの無いような嘔吐感に苛まれる。訓練兵時代に、体力をつけるために行われた持久走のあとでも、こんなになることは無かったのに。必死で吐き気を押さえていると、先輩一人分で満足するはずのなかった巨人が、その大きな目でわたしをまじまじと見つめてきた。 ――あ、喰われるな。 そう思ったと同時に、巨人の大きな手がわたしめがけて飛んできた。それからのことは、ほとんどなにも覚えていない。無我夢中で、なんにもない平野だったから、巨人にアンカーを差し込んで。それから――、それから、気がつけば荷車の上で寝転がっていた。壁外を走っているせいか、車輪が石にぶつかる度に、大きく車体が揺れるので、頭がいたかった。 「あ、気がついた?」 「……ハンジ、分隊……ちょ」 頭上に影が差したかと思えば、そこにはどこか疲れた、それでも朗らかに笑うハンジ分隊長のお顔があった。その更に奥には、鉛色の空が広がっていた。雨、降りそうだな。 「ああ、無理に起き上がらなくていいよ。まだ、到着するには少し距離があるから、休めるうちに休んでおきなよ」 そう言って、やさしい手つきでわたしの頭を分隊長は撫でてくださった。その温度が心に沁みて、安堵からか、悲しみからともつかないような涙がポロポロとこぼれ落ちた。 「分、たい……長、わたし……生き、てますか」 自然と口からでた問は、わたしの中でも反響した。自問自答。答えは、明白だった。 「……ナマエの手は、暖かいね」 分隊長の大きくて硬い、それでいてほっそりとしていて綺麗な手のひらがやんわりとわたしの手を掴んだ。分隊長の手は、わたしよりも少しだけ低くて、こうして触れあう指先から、じんわりとわたしの温度が移っていくような気がした。わたしの手は、暖かい。あのとき、目の前に転がってきたものとは違って。 「分隊長、わたし強く、なりたいです」 「うん」 「先輩みたいに、誰かを守れるくらい、強く」 「なれるよ、ナマエならさ。でも今は、ゆっくり休むんだ」 柔和に微笑んだ分隊長の手が頭上に伸びてきて、そっと瞼を下ろさせる。それまで張りつめていた緊張の糸が緩んでいくのに合わせて、疲労に苛まれたわたしの身体が睡眠を要求してくる。眠りたくなんてなかった。それでも、身体は思うようには動かない。リズム良くポンポンとハンジ分隊長が叩いているのも相俟って余計に眠くなる。ああ、もうどうやら、わたしは立ち上がれそうにないなぁ。 頭上には曇天がのしかかる |