名前を座椅子のようにして、いたずらにカードを広げては落とす手慰みを続けるルチアーノは至極機嫌良さそうだ。珍しく鼻歌まで歌っている。

「今もここはシティに向かって落ちてる訳だけど、あんまり分からないもんだね。もっと勢い良く落ちればいいのにさ」

 ここ、名前とルチアーノが座する何もない空間は、アーククレイドルの内部だ。サーキットを現出させ、全てのシグナーを打ち倒した名前とルチアーノは、落ちゆく巨大な城の中、ただじっと破滅の時を待っている。
 名前は、死を余り恐れない。そもそも生に対する執着が薄い。死線をくぐるデュエルの経験も多く、名前を知るものからは勇敢だと評されているが、実質は結果に興味がないだけだ。名前はその過程、デュエルが出来ればそれでいい。
 そう思っていたのに、ルチアーノが当然の如く死を受け入れようとした時は、衝動的に「逃げよう」と口にしてしまった。最早世界が滅ぶというこの時に、逃げるも何もないのに。ルチアーノがあっさりとそれを指摘しても、初めての欲求は名前になんとかルチアーノを説得させようとした。が、結局こうしてここにいる。

(君も、僕を一人にするのかい?)

 眉を下げ、途方に暮れた顔。いつもの不敵な、悪魔じみた表情とはかけ離れた、置いてけぼりの子どもの顔で名前の手を握ってくるものだから、名前の突発的な生への衝動などその瞬間に霧消した。握り返した時の笑顔を見て、満足すらした。
 情が移っていたのだ。だから逃げようと提案した。彼を救いたい、共にいたいと望んだ。その彼がこういう形で共にいることを望んだのだから、名前に否やはない。
 不満はないが、欲を言えば、もっと彼と一緒にデュエルをしていたかった気持ちはある。死を受け入れるところとはまた別のところで、やはりどうしても惜しむ気は残る。

「何か言いたそうだね」

 見透かしたのか、顔を仰向けたルチアーノが微笑む。救いを得たと信じて疑わぬ表情は安らかで、名前も微笑み返した。

「……僕ともっとデュエルしたかったぁ? 君ってつくづくデュエルバカだね、知ってたけどさ!」

 けらけらとけたたましい笑い声がひとしきり回廊に谺し、余韻を残して消える。そうしてまた耳に痛い静寂が戻ってきて暫くしたころ、ぽつりと彼が呟いた。

「そうだね……この街は何もかもがサイテーだったけど、……うん、君とのデュエルだけは、悪いもんじゃなかったよ」

 己に向かい確認するかのように、ルチアーノは呟いた。照れも虚勢もない穏やかな事実に、名前も頷く。

「ねえ、生まれ変わった世界でさ、もう一回タッグ組んでやるから、今度はプラシドたちをボッコボコにしてやりに行こうぜ?」

 絶対面白いからさと悪戯げに笑う。内容はともかくその口調は明るかったので、快く同意しながら本当にこの死が彼にとっての救いなのだと名前は安堵した。同時に、生まれ変わった世界を信じてみたくもなる。名前は死を意識したこともなかったから、輪廻転生は当然信じる信じないという認識の外にあった。だがルチアーノが語る『正しい未来』は見てみたい。ルチアーノがそばにいるのなら、尚更。
 子ども特有の、滑らかな額を撫でる。一筋だけ下りた前髪をかきあげた。

「そしたらさ……あ?」

 額の宝玉に似たものは冷たい。

「……なんのつもりさ」

 掠れた冷たい声。だがそれが怒りでなく、困惑だということが名前には分かる。
 死は眠りだと言う。ならばと、名前は名前の知っている眠りの為の挨拶を彼に贈りたかった。いつも名前が貪るそれと違い、今回は本当に特別な眠りなのだから。彼の為の祝福すべき眠り。再生の為の死。
 遠くの方で音が響き、微かに床が揺れた。尖塔の先あたりがもう衝突したのかもしれない。ならば、あとは街の名に相応しく、崩壊が連鎖し波及していくだけだろう。こんなに騒がしい入眠は初めてだ。
 間に合わなくなる前に名前は呟く。

「ああ、うん…………おやすみ」

 彼は、言い表すのがひどく難しい顔で、もぞもぞと口の中だけで噛むように返した。名前はそれだけで満足だ。微笑んでもう一度返し、目を閉じる。
 挨拶は済ませた。ならば、自分は待とう。寝坊する自分をいつも通り彼が起こしにきて、そうして外へ連れ出してくれるのを。

「名前? ……もう寝たのかい? うわ、知ってたけど早すぎる」

 揺れが大きくなり、崩壊の音が耳を煩く打つようになってきた。ルチアーノが名前の腕を強く握っているのが分かる。死への恐れからではないだろう。なら、離れまいとしてくれているのか。轟音の中でも着実に意識を蕩かしていく剛胆な眠気の中でもそれが嬉しく、名前はルチアーノを一層抱き込んだ。機械の体は冷たい。

「名前? ……本当に寝てるね?」

 寝ているよ、と矛盾した答えを返そうとしたが、音に阻まれ届かないだろう。あっさりと諦めた名前に向かい、ルチアーノが何か言った気がした。ここで言うことなのだから、ひどく大事なことに違いない。聞き取れなかった。が、大丈夫だ。次の未来で、再び会えるのだから。


12.08.27
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