もともとDホイール自体にそれほど興味がないのだ。かっこいいな、とは思うもののそれだけ。乗りたい、とか欲しい、とかそういった欲求を抱いたことは一度もない。その程度の位置づけ。なのに、恋人が朝昼晩問わずかかり切りになるとあっては「興味がない」を通り越して「面白くない」に傾いてしまうのは自然なことだと思う。だから私は悪くない、私のDホイールに対する印象を悪くしたのは他ならぬブルーノなのだから――と自己弁護して膝を抱え込み顔を背ければ、視界から外れたブルーノがおろおろと困っている気配が伝わってきた。

「ねえ、うーん……参ったなあ、機嫌直してくれないかな?」
「知りません」

 つんと顎を上げてにべもなく切り捨てる。そっぽを向けば誰もいないガレージとぽつんと残された黄色いホイールが目に入る。あんなのに夢中になって馬鹿みたい――と思って、すぐ自己嫌悪に襲われる。
 Dホイールに夢中になるブルーノが嫌いか、と言われれば、実はそんなことはない。名前には全然分からない機械の塊とはいえ、それに真剣に向き合っているブルーノはとても素敵だ。大きな手が器用に動いてあっという間に直してしまう様はまるで魔法のようだし、遊星も常々ブルーノはすごい、と賞賛していた。そんな褒め言葉に対し、当然だと自分のことのように誇らしげな気持ちになったことさえあるのに――矛盾した気持ちが、名前をますます意固地にさせる。いっそう俯いて唇を噛み締める名前に、ブルーノはもう自分の方が泣きそうな顔をした。

「ごめん、ごめんね。もう絶対君との約束を忘れて街中のDホイールにかまけたりしません。誓うよ。ね、絶対だ」
「……そのDホイール、すごくかっこ良かったんでしょう」
「うん! 空気抵抗とかを徹底的に無視して、デュエルでの映えのみ一点特化しててね、僕たちの目指すものとはちょっと方向性が違うんだけど、あそこまで突き抜けてるとやっぱりそれはそれですごく……あ」

 謝罪の言葉よりもよっぽど雄弁に語り出した自分に気づき、ブルーノははっと身を縮こまらせた。名前の目は、冴え冴えと鋭く冷たい。

「もう知りません。そんなに好きならDホイールとデートなさい。どうせ全く分からない私より、そっちの方が面白いでしょうし?」
「やっ、やだよ! 君がいい!」
「嘘つき。どうせ私はDホイールに乗れもしないし、退屈な女でしょうよ」
「そういうのは関係なく、僕は君がいいんだ! お願いだから、そんなこと言わないで……」

 何だこれ、と名前は泣く寸前の2mの男を見下ろして思う。自分の人生でまさか男に縋られる日が来るとは思っていなかった。困る。
 慣れぬシチュエーションに、名前は少し矛を収めざるを得なかった。今まさに崩壊しかけているとはいえ、これでも自分の恋人だ。膝を着いて縋るブルーノの肩に宥めるように片手を添え、

「でもねえ、ホントに私Dホイールについては何にも知らないし。分かってあげられれば」

 いいんだけど、と言いかけた名前を遮って、ブルーノが「じゃあ!」と声を上げた。いいことを思いついた、とその輝く瞳に書いてある。

「今度二人でどこかに行こうよ、Dホイールで。きっと一回乗ればあの気持ちよさがわかってもらえるから」
「私が免許持ってないの、知ってるでしょ」
「僕の後ろに乗ればいいよ! 大丈夫、安全運転するよ、ね?」
「……タンデム?」
「うん」

 どうかなあきっとすごく楽しいよ、と手を握ってにこにこ笑う。こうしてるとまるで人懐っこい犬みたいだ。サイズなら間違いなく大型犬だけど、何となく柴犬っぽいかな、と思う。ふわふわで日なたの色をした、ちょっと間抜けっぽい顔の柴犬。寒色系の髪でしかも完璧に外国人の顔つきなのに、気取った外来種より何故かそっちの方が似合う、と思ってしまい、名前の頬が自然と綻ぶ。
 それで名前が機嫌を直したらしいと察したブルーノといったら、もう全力でぱたぱた振られる丸まった尾の幻影が見えるようで、ますます名前は笑ってしまう。つまらない怒りなど、いつの間にかあっさり霧消してしまっていた。
 甘いのかなあ、などと思うけれど、ブルーノが名前に弱いように名前もブルーノには滅法弱いのだ。

「……じゃあ、思い切ってうんと遠くがいい。全然知らないところとか」
「うん、任せておいて! 二人ならどこでもきっと楽しいよね!」
「でもブルーノのあのホイールじゃ、ずっと乗ってると腰が痛くなっちゃうかなあ」
「うーん、そうかも。あ、じゃあそれまでにもっとすごいホイールを造っておくよ! 二人で乗っても疲れにくいやつ! そうだなあ、一つの大きい車輪で走るのとかはどうだろう。バランスは難しいけど、フロント部分が思い切り長かったりするのも……ああ、何だかいいアイディアが湧いてきそうだ! ごめん名前、ちょっとメモだけ!」
「え、ちょっと!」

 慌ただしくドアの向こうに消えた背を咎めても、遠ざかる足音が聞こえるだけだ。もう、と肩を落として呆れた名前は、それでも――笑っていた。
 いつか、ブルーノの後ろに乗って、その体温を感じながら流れる景色を見る。どこまでもどこまでも行って、知らないところまで行って、たとえ世界の果てまで行っても、それでもブルーノと一緒だ。
 その日を思うだけで不思議な幸福が胸に灯って、それ以上怒る気になれなかった。


 結局、面白い形のDホイールに乗ることも、二人でどこか知らない遠いところまで行くことも、叶うことはなかったけれど。

12.05.02
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